「海洋国家」日本のアジア太平洋戦略

長島昭久
日本衆議院議員、前防衛副大臣

 

有史以来、日本は、海による文明を育んできた。海洋からさまざまな恩恵を受け、また海に守られ、海洋との深いかかわりのなかで政治、経済、文化を築き、国を発展させてきた。我が国は、まぎれもなく「海洋国家」である。歴史の一局面で「海洋国家」と「大陸国家」の二兎を追い(一九〇七年の「帝國國防方針」)、結果として国家を破滅に陥れたことがあった。しかし、そうした戦前戦中の一時期を除き、日本は一貫して海洋国家であり続けた。

我が国は、毎年約8億トンの原材料を輸入し、約1億6000万トンの工業製品を輸出することにより、じつに5倍の付加価値をもって世界の繁栄に貢献する通商国家である。その輸出入の99.8%が海洋を通じての通商交易による。約38万平方キロ(世界第61位)の国土の約12倍に上る447万平方キロの排他的経済水域(EEZ)は世界第6位であり、6800の島々に沿って海岸線は米国より長い。しかも、我が国周辺海域は、日本海溝など深海が多く体積で比較すると世界第4位となり、水産業においても世界三大漁場の一つに数えられ、海底資源でもメタンハイドレードや熱水鉱床、コバルトリッチクラストなど高い可能性を秘めている。

したがって、我々は、日本が海洋国家であり貿易立国であるという地政学的特性を踏まえて、自国の生存と繁栄のための戦略を構想し、安全保障のあり方を決定していかなければならない。その意味で、領土、領海、領空における主権と独立の確保とともに、インド洋からマラッカ海峡を経て南シナ海および西太平洋に至る12,000キロを超えるシーレーンの安全は、我が国にとって死活的に重要だ。

ところが、近年、この海洋の安全が脅かされる事態が頻発している。昨年来、南シナ海における中国の専横をめぐる紛争の数々は、力による一方的な現状変更を試みる中国による国際海洋秩序への挑戦の一断面に他ならない。中国は、東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいて活動を急速に拡大・活発化させている。特に、海洋における利害が対立する問題をめぐっては、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を示している。わが国周辺海空域においては、中国は、海上法執行機関所属の公船や航空機によるわが国領海への断続的な侵入や領空の侵犯のほか、海軍艦艇による海上自衛隊の護衛艦に対する火器管制レーダーの照射や戦闘機による自衛隊機への異常な接近、独自の主張に基づく「東シナ海防空識別区」の設定といった公海上空における飛行の自由を妨げるような動きを含む、不測の事態を招きかねない危険な行為に及んでいる。このような東シナ海での中国の理不尽な振る舞いは今に始まったことではないが、それ以前から南シナ海で起こった事象を抜きに東シナ海における中国の行動の意味するところを把握することはできない。

南シナ海は、海洋資源の宝庫であると同時に、我が国のみならず米国はじめ世界各国のシーレーンが輻輳する重要な海域だ。その南シナ海では、力の空白を埋め、「戦略的国境」(従来の国境概念を超え、EEZを含む戦略的な領域)を拡大するという中国の動きが、すでに40年も前、ヴェトナム戦争直後から始まっていた。すなわち、1973年にヴェトナム戦争が終結し米軍が撤退すると、翌年、中国軍はすかさずヴェトナムに侵攻し、南シナ海に浮かぶ西沙諸島を占領。79年から米軍に代わってカムラン湾にソ連の艦艇が展開を開始すると動きを止めるが、87年にソ連軍がカムラン湾から撤退したのを見届けるようにして、今度は南沙諸島に進駐開始。翌年にはヴェトナムと武力衝突を起こす。さらに、91-92年にかけてフィリピンのスービック海軍基地、クラーク空軍基地から米軍が撤退すると、中国はただちに「領海法」を公布。南シナ海の大半(および、尖閣諸島、台湾)を自国領域と宣言し、95年を最後に合同軍事演習が中止となり米比相互防衛条約の空洞化が決定的となるや否や中国軍はフィリピン沖数キロにある南沙ミスチーフ礁を占領したのである。中国による「海洋国土」拡張行動は、翌96年春の台湾海峡危機におけるあからさまな武力による威嚇で一つのピークを迎えたが、後述する米国の介入によって足踏みさせられることとなった。

その後、2001年の「911テロ」をはさんで、米中が戦略的蜜月状態に入ると、南シナ海をめぐっても中国とASEAN諸国が2002年11月に「南シナ海における関係諸国行動宣言」に合意、翌03年10月には「平和と繁栄に向けた戦略的パートナーシップ宣言」に署名し、さらに翌年11月には「行動計画」が採択され、南シナ海における各国の行動規範を策定まで視野に入れた5カ年計画まで発表された。しかし、南シナ海における中国の協調的な姿勢は10年と続かなかった。2008年ごろから中国は再び南シナ海における主権や海洋権益をめぐる主張を強硬化させ、海軍のみならず複数の海上法執行機関を動員して南シナ海における他の係争諸国の活動を物理的に妨害するなど、南シナ海をめぐる「九断線」の全域で新たな海洋攻勢に乗り出したのである。

このような南シナ海はじめとする海洋における「戦略的国境」を拡大して行く中国の動きを60年も前に予言していたのが、米国の地政戦略家ニコラス・スパイクマンである。彼は、著書『世界政治における米国の戦略』(America’s Strategy in World Politics: The United States and Balance of Power)の中で、「近代化し、勢いをつけ、軍備を増強した中国は『アジアの地中海』(台湾、シンガポール、豪州北部のヨーク岬を結ぶ三角形の海域)で、日本だけでなく、西側諸国の地位をも脅かすことになるだろう・・・この海域が米・英・日のシーパワーでなく中国のエアパワーによってコントロールされることもあり得る」(筆者注:ここでいうエアパワーには、今日、航空機のみならず弾道ミサイルや巡航ミサイルも含めなければなるまい)と喝破した。

今やGDPで日本を凌ぐに至った中国は、過去26年で軍事費を約40倍(過去10年で4倍)に膨張させ、2014年度の公表軍事関連予算は8,082億元となり(米国防省『中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告』(14年6月)は13年の軍事関連支出を1,450億ドル以上と見積っているが、中国の公表国防費には外国からの兵器調達などの主要な支出区分を含んでいないとも指摘)、すでに日本(約478億ドル)の3倍を超えた。しかも注意を要するのは、漫然と経済成長に合わせて軍備拡張が行われているのではなく、それが確固たる長期戦略に基づく周到な計画に裏付けられている点だ。

中国の海洋軍事戦略は、周知のとおり1982年にまで遡る。設計者は、鄧小平の右腕と言われた劉華清提督(中国共産党中央政治局常務委員まで務めた人民解放軍海軍の最高指導者)だ。劉氏の策定した「近海防御戦略」(85年に「近海積極防御戦略」に改定)によれば、「海軍の作戦海域は、今後の比較的長い期間は、主に第一列島線と当該列島に沿った沿海海域および列島線以内の黄海、東シナ海および南シナ海である。・・・我が国の経済力と科学技術レベルが絶え間なく向上することに伴い、海軍の力はさらに強大なものになり、我々の作戦海域は北太平洋や第二列島線にまで徐々に拡大して行くだろう」とされ、その戦略に基づき中国の海洋戦力は営々と構築されてきた。

中国海軍は、青島を根拠にする北海艦隊、上海に近い寧波を母港とする東海艦隊、湛江に本拠地を構える南海艦隊からなるが、中国海軍の艦艇が太平洋に出る場合には、海南島からバシー海峡を経るか、沖縄と宮古島の間の宮古海峡を通ることになる。中国人民解放軍海軍の活動は、2000年代前半までは中国近海での活動に止まっていたが、2004年11月に中国原子力潜水艦が我が国の領海内を潜没航行したのを皮切りに、2008年10月には艦隊行動として初めて第一列島線を越え、津軽海峡を通って西太平洋に出てわが国を周回し宮古海峡を経て帰港した。さらに2009年には宮古海峡を通って沖ノ鳥島海域に進出。12年4月に、大隅海峡を初めて東進し、同年10月に、与那国島と西表島近傍の仲ノ神島の間の海域を初めて北進したほか、13年7月には、宗谷海峡を初めて東進した。このように、中国海軍の艦艇部隊による東シナ海・太平洋間の進出・帰投ルートは、わが国の北方を含む形で引き続き多様化の傾向にあるなど、外洋への展開能力の向上を図っているものと考えられる。また、13年10月には、西太平洋で初となる海軍三艦隊合同演習「機動5号」が実施された。このほか、東シナ海においては、中国海軍艦艇による活動が常態化しているとみられており、14年2月19日付『解放軍報』は、近年、中国海軍東海艦隊のある部隊の年平均活動日数が190日を超えている旨報じている。

さらに、中国公船の動向としては、尖閣諸島周辺のわが国領海において、08年12月に中国国土資源部国家海洋局所属の「海監」船が徘徊(はいかい)・漂泊といった国際法上認められない活動を行った。その後も、11年8月、12年3月および同年7月に「海監」船や中国農業部漁業局所属(当時)の「漁政」船が、当該領海に侵入する事案が発生している。このように、「海監」船および「漁政」船は、近年徐々に当該領海における活動を活発化させてきたが、12年9月のわが国政府による尖閣三島(魚釣島、北小島および南小島)の「国有化」手続き以降、このような活動は著しく活発化し、当該領海へ断続的に侵入している。13年4月および9月には、当該領海に同時に8隻の中国公船が侵入した。また、10(同22)年9月には、尖閣諸島周辺のわが国領海において、わが国海上保安庁巡視船と中国漁船との衝突事件が生起している。なお、12年10月には、中国海軍東海艦隊の艦艇が「海監」船や「漁政」船と領土主権および海洋権益の維持・擁護に着目した共同演習を実施しているほか、海軍の退役艦艇を13年7月に正式に発足した「中国海警局」に引き渡しているとみられるなど、海軍は、運用面および装備面の両面から海上法執行機関を支援しているとみられる。その間にも、東シナ海のみならず南シナ海においても、フィリピンやヴェトナムの海洋警察機関や漁船に対し、さらには米海軍の空母部隊に対し、中国潜水艦による異常接近や、米海軍調査船に対する妨害など、海軍艦艇を含む中国公船による挑戦的な行動が繰り返された。

アジア太平洋地域の海洋安全保障に詳しい米海軍大学のトシ・ヨシハラ教授は、海軍艦艇を後詰に配備しつつ政府公船を前面に押し出す中国の戦術について、「軍事的なエスカレーションを抑制する効果とともに、政府公船による常続的な巡視活動を執拗に繰り返すことにより、相手に戦略的な消耗を強いることができ、一定の圧力を背景に外交的な主導権を握ることができる」とその効用を指摘している。

このような人民解放軍と海洋法執行機関との緊密な連携によって中国がつくり上げつつある戦略環境は、われわれにとっていったい何を意味するのだろうか。端的な事例を振り返って、東アジアにおける地政学的なバランス・オヴ・パワーに与える中国の海洋進出の恐るべきインパクトについて認識を共有しておきたい。

時は今から18年前の1996年。台湾では二期目に臨む李登輝総統が初めて全国民による総統選挙を実施しようとしていた。北京政府は、李総統が勝てば一気に独立に突き進むのではないかと極度に警戒し、台湾国民にプレッシャーをかけるため、台湾海峡で大規模なミサイル演習を繰り返したのである。これに対し、クリントン米大統領は、ただちに二つの空母機動部隊(艦艇約20隻、航空機約120機)を台湾周辺へ急派し、中国を牽制したのである。一触即発の危機に直面したが、彼我の力の差は歴然。中国はほどなく矛を収めざるを得なかった。この屈辱的な砲艦外交の敗北により、中国は凄まじい軍拡に乗り出すことになる。

1990年代半ばから始まった中国の海洋軍拡の結果、今われわれはいかなる戦略環境に直面しているのか。かりに18年前と同じことが今日起こったとして、オバマ政権は当時のように躊躇なく空母打撃部隊を台湾海峡―より正確には、第一列島線の内側―へ投入することができるであろうか。答えは否である。理由は明らかだ。18年前に比べ、中国の海空軍が擁する「敵の接近を停滞させ、拒否する能力(A2/AD能力)」が格段に向上しているからだ。たとえば、キロ級など新型潜水艦戦力は当時の3-4隻規模から40隻を超え、超音速巡航ミサイルを搭載した最新鋭のソブレメンヌイ級駆逐艦勢力も7-8隻規模から40隻を超えるとともに、第四世代戦闘機についても50機レベルから560機超へと大幅に増強してきているのである。加えて、DF21という核弾頭搭載可能な中距離巡航ミサイルは、空母を精密雷撃できる能力を開発中と伝えられる。空から、洋上から、海底から、米国の遠征部隊をはるかに上回る戦力で、その接近を著しく阻害することが可能となった。これを、「接近拒否」(anti-access)戦略と呼ぶ。

そして、この勢いで現行の中国海軍近代化計画が着実に遂行されれば、やがて米国に対する「接近拒否エリア(denial area)」は第一列島線から第二列島線へと拡大されるであろう。米国およびその同盟国にとって、まさしく悪夢のシナリオだ。これこそが、劉華清提督が30年前に描いた戦略の本質であり、スパイクマンが警告した最悪の事態だ。しかも、中国の究極のターゲットは、決して第二列島線の外側で米国海軍と張り合うことではない。第一列島線と第二列島線の間に広がる広大な海域における中国海軍の活動の自由、すなわち制海・制空権を確保することに他ならない。この海域の戦略的な価値は、計り知れない。ちょうど冷戦下のソ連がオホーツク海やバレンツ海を聖域化したのと同様、中国が米国に対する核の第二撃(報復)能力を確保することにあると考える。

つまり、この海域に原子力潜水艦を潜ませ、そこから射程8000キロといわれる開発中の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射すれば、米大陸はどこでも狙い撃ちできる。それを可能にするために、中国はミサイルの命中精度を向上させるとともに、航空戦力の前方展開を可能にする空母(打撃部隊)の建設に血道をあげているのである。しかも、米国による高度な警戒監視能力をかいくぐるため、中国海軍は海南島南部の三亜に大規模な潜水艦基地を建設したのである。この地下基地の完成によって、中国の原子力潜水艦は水中トンネルを通って直接海へ出入りすることができ、米国の偵察衛星などに捉えられることなく潜航したまま南シナ海からバシー海峡を通って西太平洋へ進出できるようになった。

この中国の動きに対して、我々はその接近拒否(anti-access & area denial, A2/AD)能力を相殺するだけの対抗力、抑止体制を築かなければ、やがて第二列島線の内側までもが中国の内海になってしまうだろう。そうなれば、日本、台湾、韓国、フィリピンは、この接近拒否エリアに完全に埋没してしまうことになる。しかも、中国は、2000年代の半ばまでにインド以外の13カ国と国境紛争を解決し、もはや後背地を気にすることなく全精力を集中してその戦略的縦深を海(西太平洋とインド洋)に向かって思いっきり拡大し得る条件を整えたのである。

中国の戦略は、今も昔も「戦わずして勝つ」孫子の兵法を基本とする。上述したような接近拒否能力を増強させつつ、米国をこの地域から締め出すことにより、地域の戦略バランスを根底から覆そうとするものに他ならない。その手法は、時に彼我の力関係を見極めた上で自国の主張を「強要」(coercion)したり、また、圧倒的な力を背景に周辺諸国を無力感に陥れ宥和政策を引き出すなど、硬軟を巧みに駆使し、自らの影響圏を拡大し、究極的には米国に代わって地域覇権を握ろうというものだ。

もちろん、このような中国による「接近拒否能力」の拡大を前に、米国が拱手傍観しているわけではない。この憂慮すべき将来見通しに立って、オバマ政権は、2012年1月、約10年に及ぶ中東でのテロとの戦いで疲弊した米軍を立て直し、「アジア太平洋・ピヴォット(基軸)」に注力することを改めて鮮明にした『米国防戦略指針』を発表。2年前に公表された「4年ごとの国防政策の見直し」(QDR)で、打ち出した新たな構想「エア・シー・バトル・コンセプト」(Air-Sea Battle Concept)をアップデートした。空と海における新たな統合作戦によって、中国が保有しつつある多様で大規模な「接近拒否能力」を無力化してしまおうという戦略だ。すなわち、米本国から長躯投入される米軍のパワー・プロジェクション(戦力投射)能力を再構築するもので、とくに「接近拒否」能力の前に脆弱な前方展開基地を「地理的に分散させ、作戦上の抗堪性を確保し、政治的に持続可能な」(2012年米国防戦略指針)ものにつくり変えて行こうというものだ。

我が国の安全保障を考えるとき、当然のことながら米国の新戦略といかに連動して行くべきかが鋭く問われることになる。我々がこの努力を怠れば、まさしく孫子の教える「上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。次は兵を伐つ。其の下は城を攻む」の術中に嵌まることになりかねない。すなわち、近年中国が仕掛ける「三戦」(輿論戦、法律戦、心理戦)によって幻惑され(つまり、謀を伐たれ)た上に、劉華清の海洋強国戦略によって米国のパワー・プロジェクション戦力が寸断され(つまり、兵を伐たれ)、有事に米軍の来援が遅れたり断念されたりするような事態に直面した場合、同盟国たる日本や台湾で米国に対する不信や猜疑が巻き起こることは避け難く、やがて同盟関係は分断され(つまり、交を伐たれ)てしまうに違いない。これを避ける唯一の道は、米国のこの地域へのコミットメントを意思と能力の両面で確保すること。そのためには、我が国自身による国防と外交の両面にわたる特段の自助努力が死命を制することを決して忘れてはならない。

そこで、我が国のアジア太平洋戦略が問われることとなる。結論を先に述べれば、第一に、全ての前提として日本独自の努力が必要だ。第二に、日米同盟の深化を通じた戦略関係の安定化と秩序の再構築が重要である。そして、第三に、そのような地域における連携を強化するための外交および安全保障戦略を明らかにする。

先ず第一に、日本独自の努力について。最大の眼目は、いかにして我が国が、過度な米国依存に基づき直面する事象に反応する(react)だけの受け身の姿勢を脱却して、米国のパワーを活用しつつも積極的に(proactive)自国にとって望ましい国際環境を形成する(shape)かに懸かっていよう。この点で、野田前政権を引き継いだ安倍首相が進める安全保障政策をめぐる「8大改革」によって、画期的な成果を上げつつある。大事なポイントなので敢えて繰り返すが、第二次安倍政権が取り組む「8大改革」のほぼすべてが、私が外交・安全保障担当の首相補佐官として仕えた野田佳彦政権時代に着手されたものばかりだという事実だ。すなわち、民主党野田政権から自民党安倍政権に引き継がれた「8大改革」こそは、私の政治信念である「外交・安全保障に与党も野党もない、あるのは国益のみ」の正しさの証であると自負している。以下、「8大改革」の概略を記す。

第一は、日本版の国家安全保障会議(NSC)の創設である。これは、2010年末の民主党政権化下おける与党民主党による政策提言に明記されたものだ。首相官邸に外交・安全保障戦略を策定し、これを関係省庁横断的に推進する司令塔を設置するという構想は、党派を超えて外交・安全保障を真剣に考えてきた政治家の長年の悲願でもあった。安倍政権は政権発足1年で、日本版NSCを創設し、外務事務次官を経験した谷内正太郎氏を初代NSC局長に迎え、外務、防衛、警察官僚を束ねる組織を官邸中枢に整えたのである。

第二は、そのNSCによる初仕事としての国家安全保障戦略の策定である。これまで我が国には、外務省の発行する『外交青書』や防衛省による『防衛白書』および『防衛計画の大綱』を除き、各国政府が公表しているような総合的な外交・安全保障戦略を内外に明らかにする宣言的文書を持たなかった。今回初めて、同時期に改定された『防衛計画の大綱』の前提となる長期的なヴィジョンに基づく総合的な安全保障戦略を策定し、安倍政権が推進する「積極的平和主義」の外交方針がめざす国家目標とその達成への道筋や手段を明らかにしたのである。

第三は、野田政権で目指したものの、財政の壁に阻まれて実現できなかった防衛予算の増額である。10年ぶりの防衛費増額は、新たな『防衛計画の大綱』および『中期防衛力整備計画』の策定と相俟って、厳しい財政事情にもかかわらず、さらに厳しい国際環境に鑑み、安倍政権のリーダーシップで断行された。これにより、我が国の国防力の充実が図られるとともに、日米同盟を深化させるための財政基盤が整えられることになるだろう。

第四の「特定秘密保護法制」の整備も、民主党政権下で発足させた有識者会議の答申を踏まえたものだ。これまで防衛秘密に特化していた秘密保護法制を外交や公安、テロ情報にまで拡大し、首相官邸のNSCを頂点とする政策部門と連動させることにより、省庁横断的なインテリジェンス・コミュニティを育成強化することが可能となった。これにより、“Five Eyes”と呼ばれる米国を中心とする英国、カナダ、豪州、ニュージーランドの間で特別に共有されている最高度の機密情報へのアクセスに向け、我が国にも制度的な前提が整うこととなったことは今後の同盟深化や地域安保の強化にとり大きな前進といえる。

第五は、40年ちかく続いた武器輸出全面禁止原則の緩和措置。これも野田政権の下で「武器輸出三原則」の見直しが行われたことに端を発する。この改革により、同盟国たる米国のみならず、我が国の安全保障に資する目的に合致する限りにおいて、欧州やアジアの友好国との多国間および二国間の防衛装備品をめぐる共同研究・開発・生産に道を開くこととなった。同時に、これまで厳しく制限されていた武器輸出をめぐっても、自衛隊の装備品であっても外国による使用目的が民生・警察目的であれば柔軟に輸出できることとなり、もっとも最近の例では、海難救助支援目的でインドへ国産の飛行艇U-2を輸出するにあたり、インド企業による部品製造を容認する取り決めに合意した。そのほか、日豪、日英、日仏の間で防衛装備品の共同開発の合意が結ばれている。

第六は、国際平和協力や安全保障分野への政府開発援助(ODA)の柔軟活用である。我が国は、アジアにおいて最初の先進国となった経験を活かし、ODAにより発展途上国の経済社会基盤整備や人材育成、制度構築への支援を積極的に行ってきた。しかし、国際環境が厳しさを増す中で、ODAにも戦略性が求められるようになっている。現行の『ODA大綱』(2006年改正)の「軍事的用途の回避」原則は、各国の軍隊が担う災害救援活動や海洋警察活動など非軍事面の支援まで妨げてきた。この原則を緩和し、「民生目的、災害援助など非軍事目的」であれば他国の軍隊も支援できるよう大綱を再改正するものだ。これにより、東南アジア諸国へのキャパシティ・ビルディング支援を積極的に担う体制が整うこととなり、米国を中心とする軍事支援と相俟って、我が国の提供する非軍事支援は地域の安定のための重要な貢献となるだろう。

第七は、今年の年末を期限とする「日米防衛協力の指針」(ガイドライン)の再改定作業だ。これも、森本敏防衛大臣とリオン・パネッタ米国防長官との合意を受けて、私が防衛副大臣としてワシントンを訪問し、アシュトン・カーター国防副長官との間で具体的な構想について話し合い開始したプロセスだ。その眼目は、第一に、朝鮮半島有事に特化した現行のガイドライン(1997年改定)の射程を、南西諸島方面における不測の事態にまで拡大すること、第二に、地域の安定を確保するため、日米同盟協力のみならず域内の有志国(like-minded countries)との安全保障上の協力を強化・拡大すること、第三に、これまでは危機が起こった場合の防衛協力に比重が置かれていたものを、計画策定から共同訓練、平時から危機を経て有事に至るすべてのフェーズで日米の連携を深化させることを狙ったものである。

そして最後、第八の改革が、7月1日に行われた集団的自衛権の行使を容認する閣議決定だ。この閣議決定を受けて、日米の国防当局は本格的な「防衛協力指針」のアップデート作業に入った。年末までには、日米同盟における軍事協力分野で少なくとも次の三つの方向性が確認されるであろう。第一は、日本周辺における各種事態(平時から危機、有事に至るグレイゾーンも含むあらゆるフェーズ)に対する日米の協力枠組みの再構築。第二は、インド洋から南シナ海を経て西太平洋におけるシーレーンの安全確保のための国際的な協力枠組みの構築。第三は、日米を中心とする地域安全保障システムの強化である。とくに、集団的自衛権の行使対象は、同盟国たる米国のみならず、豪州や韓国、インドといった有志・友好国にまで拡大させることが望ましく、アジア太平地域の平和と安定を確保する仕組みの構築に、日本が初めて積極的な役割を果たして行く道が開かれたと考える。

「8大改革」への取り組みの中でも特に重要なポイントは、活発化する中国の海洋行動とそれを支える軍事力の拡張に鑑み、中国軍事力のプレッシャーを正面から受ける沖縄をはじめとする我が国の南西方面における「動的防衛力」をいかに整備して行くかだ。この点は、すでに民主党政権下の2010年12月、5年ぶりに『防衛計画の大綱』を改定し、防衛計画にとどまらず安全保障戦略についても明確な方向性を打ち出した際に最も意を用いたところである。すなわち、冷戦以来、防衛力整備の基本構想だった北方重視の「基盤的防衛力」を脱却し、より柔軟で機動性に富む即応性の高い防衛態勢を目指すものだ。予算制約の中で、海空戦力を充実させ、陸上自衛隊の一部に海兵隊的な機能を担わせる方針を打ち出したことは特筆に値する。とくに、平素から警戒監視能力を高め、有事に際し迅速に所要兵力を緊急展開できるよう海空の輸送力を拡充し、島嶼防衛において自律的な能力を整備して行くことが明記された。これに、防衛費の増額によって財政的な裏付けを与え、さらに防衛態勢をめぐる新コンセプトである「動的防衛力」を「統合機動防衛力」としてさらに進化させたのが、2012年末、安倍政権下で再改定された『防衛計画の大綱』および『中期防衛力整備計画』である。

第二の課題である日米同盟の深化をめぐり野田政権から安倍政権へ引き継がれた中心課題は、「アジア太平洋地域に日米共同の動的抑止体制をいかに構築すべきか」というものである。ここで目指す共同の「動的抑止体制」とは、動的防衛力の整備を目指す我が国の新『防衛大綱』の趣旨と米国の2012年『新国防戦略指針』で明らかにされた「分散化」の方向性をシンクロさせたものといえる。すなわち、日本全国の米軍基地を日米で共同使用したり、有事の際に我が国の民間港湾や空港を米軍に開放することや、場合によっては自衛隊の哨戒機をグアムに常駐させる、あるいはテニアンで米軍との共同訓練をやる、インド洋のディエゴガルシアも日本が米英と共同で使用する、といったダイナミックな運用の可能性をも見据えているのだ。このような日米共同の動的抑止力をどのようにアジア太平洋地域の戦略環境に対応させるべきか。とくに、上述した中国の戦略的な意図に鑑み、第一列島線と第二列島線の間の広大な海域(ここは、米国向け物流の太平洋航路が輻輳し、米軍のパワー・プロジェクション進路にあたる重要な海域)における日米共同の警戒監視能力を充実させ、中国による同海域の聖域化を許さないという断固たる姿勢を示していくことは重要だ。また、我が国本土と台湾とをつなぐ南西諸島は、中国海軍の太平洋進出を厄する関門のような位置にあり、平時においてはPLA海軍の北海艦隊、東海艦隊の動向を掌握しながら、有事においては中国艦隊に対する日本にとってのA2/AD能力を駆使した「防護壁」をここに構築していく必要がある。パワー・プロジェクション能力の再構築をめざす米軍の新たなエア・シー・バトル戦略との連携を深めて行くために、我が国は、次期中期防衛力整備計画で潜水艦を増強し、新たな次世代戦闘機F-35の取得を決め、無人偵察機グローバルホークや最新鋭輸送機オスプレイの導入を決定したのだ。

いずれにせよ、米国との連携・協力を緊密化させることにより、東アジア・西太平洋の平和と安定に積極的に貢献し、米国が背負っている米軍の前方プレゼンスに伴う膨大な負担を地域の同盟国・友好国間で分担する必要がある。内政事情から今後ますます財政的制約がかかってくるであろう米国の前方プレゼンスの持続可能性を下支えする意味からも不可欠の努力といえる。同時に、米軍の前方展開兵力との戦略・政策・作戦の各レベルにおける緊密な協力の枠組をより精緻に組み上げて行く。そうして初めて、効果的で、持続可能な米軍の前方プレゼンスを支援する多国間システムの構築が可能になるであろう。筆者はこれをHost “Region” Support(受け入れ「地域」支援)と呼ぶ。日本は、西太平洋における米国の同盟国や友好国との間にHRSのメカニズムを構築するための政策調整をリードすべきである。HRSは、各国バラバラのHost “Nation” Support(受け入れ「国」支援)を地域全体で再配分することによって、東アジア・西太平洋の安全保障基盤を安定化することに大いに貢献するはずだ。もちろん、日本のリーダーシップで、このような試みがなされれば、中国の警戒感を煽ることは必至といえる。しかし、安全保障は、常に最悪のシナリオを想定し、それに対し万全の備えを確立することにより、かかる事態が勃発してしまった場合には迅速に対処し事態の拡大を最小限に食い止めることが中心課題となる。

ただし、これだけでは、「安全保障のディレンマ」を刺激するのみで、強固な抑止体制を築く努力をすればするほど、地域情勢は不安定化するであろう。中国が、①日本を貶め、②米国を排除し、③アジアにおける覇権をめざす、という明確なヴィジョンを以って60年越しの「海洋強国戦略」を着実に実行推進していることに鑑み、もう一方で衝突回避や信頼醸成をもたらす外交的な努力も不可欠である。すなわち、我々に求められる総合的な外交・安全保障戦略は、最悪の事態にヘッジを掛けるのみならず、そもそもそのような最悪の事態が生起しないよう、国益を守りつつ複雑に絡み合う国際関係をマネージしていく外交戦略をもう一つの車輪として用意しておかねばならない。

そこで最後に、台頭する中国を見据えて、我々が取り組むべき外交戦略の要諦について明らかにしたい。それは、これまで述べてきたような安全保障上のリスクヘッジの大前提として、いかにして地域における「対中エンゲージメント」のための枠組みづくりを行っていくかということに他ならない。これまでに概観してきた中国の台頭、とりわけ急速な海洋進出に鑑み、中国の台頭を野放しにした場合の地政学的リスクが巨大であることは論を俟たないであろう。リスクが大きければ大きいほど、われわれはそのリスクの発生源である中国の行動に反応するような受け身の姿勢に終始しているようでは問題の解決には程遠い。現行の国際秩序に挑戦するトラブル・メーカーに振り回されるようでは、安定的な秩序維持は覚束ない。全く逆の発想で、こちらが望ましいルールや秩序、国際関係の枠組みを先に形成しておいて、そのルールや秩序に協調的な姿勢を取ることが相互利益を最大化することにつながるのではないか、と中国に対し選択を迫るべきである。こちらが主導権を握り、むしろ中国を受け身に回らせることが戦略の核心だ。

その際、われわれが目指すべき関与や協調の枠組みとは、中国を中心とする「大陸アジア」の秩序ではなく、日米を中核とする「海洋アジア」の秩序である。インド洋およびアジア太平洋地域における国際的な枠組みは、すでにAPECがあり、東アジア・サミット(EAS)があり、ASEAN地域フォーラム(ARF)があり、(ここ数年停滞しているものの)日中韓シャトル首脳会議があり、今や台湾と中国との間にもECFAが締結されるなど、重層的な協調の枠組みが幾重にも形成されてきた。これらを束ねて、しかも、今日、中国国内で益々多様化するアクターをそれぞれエンゲージし得るような、多国間の協調的なシステムをこの地域にも組み上げて行く努力が求められている。それは、ちょうど今から40年前に東西冷戦の最前線だった欧州で創設されたOSCE(Organization for Security and Co-operation in Europe)が参考になるだろう。

アジア版OSCEは、中国国内で勃興する多様なアクターに関与できるような多様なチャンネルを提供できる。われわれが照準を合わせるべきは、党や政府、研究機関にいる現実的な国際協調派や民主的な改革をめざす勢力、あるいは経済的繁栄の持続を最大利益とする実業界、共産党への忠誠よりも国の将来を真剣に憂える「八〇后」に代表される中国の若い世代だ。このような中国の意思決定に関わる多様なアクターに応じた「重層的な関与」(hybrid engagement)の仕組みを構築することができると考える。もちろん、一方で、近年勢いを増している対外強硬派は基本的に力の信奉者であるから、彼らに対してはリスクヘッジのためのわれわれの安全保障努力を正確に認識させることが最善の抑止力となるであろう。そのためには、共有し得る「価値」と共通の「利害」を中心とした現実的な国際協力の枠組みを構築していく必要がある。

すなわち、「価値」をめぐっては、日本や米国が先頭に立って、自由と民主主義と法の支配といった開かれた国際協調主義に基づくアジア太平洋地域の秩序づくりに全力を挙げるべきである。また、「利害」については、東アジア・太平洋諸国による地域全体の不安定化を予防、抑止する共同体の構築が急務であり、海賊やテロ、自然災害やパンデミックなど国境を超えた共通の課題を中心にしたlike-mindedな国々(韓国、豪州、台湾、ヴェトナム、インドなど)に中国を加えた公式・非公式の安全保障協議を重層的に組み上げて行くことが肝要である。我が国は、今こそ、その国際努力の先頭に立つべきだ。高いレベルの貿易・投資のルールづくりとともに、アジア太平洋地域特有の海洋を中心とした安全保障体制を構築するため、我が国の持てる英知と資産をすべて投入するくらいの国民的覚悟が求められよう。

結びに、以上述べてきた、外交・安全保障戦略、地域における経済秩序および国際協調のための新たなシステムづくり等、すべての局面で、日本と台湾とは利害、価値観、秩序観を深く共有しており、変動する国際環境に配慮しつつ静かな形で、着実に連携強調の努力を積み重ねて行くべきことを付言しておきたい。その際に、両国の政治レヴェルでの戦略対話が不可欠であり、引き続き私もその努力の一翼を担って参りたい。

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