森本 敏
日本前防衛大臣
1.概観
(1)「グローバルトレンド2030」(2012.12.米国家情報会議)によれば、およそ15年後の世界におけるメガトレンドは、①個人・非国家主体の権利拡大 ②主要国のパワーシフト ③人口動態の変化 ④資源・エネルギー・水・環境などの諸要因が顕在化する可能性が高い。
(2) 国際情勢全体の傾向は、グローバルな経済連携が進む一方で、法秩序や共通価値に基づくガバナンスや地域的枠組みが整わず、特に、国家領域未確定の分野(海洋・ 宇宙・サイバー)における競合関係や大量破壊兵器(核・ミサイル)開発や資源・食糧・水の不足、経済格差などが地域の安定を損なう可能性が大であることにある。
(3)東アジア地域は経済連携協定など各種の経済統合により経済成長と発展が期待される一方で、領有権問題、軍事力の近代化及び軍事力のプロジェクションなど軍事活 動やナショナリズムの広がり、資源・エネルギー不足等を背景として、低レベルの紛争 事態が発生する可能性もある。
(4)安倍政権は、経済再生・景気回復をテーマに経済の活性化に努力している。このた め支持率は高いが、今後は、財政健全化・消費税・社会保障・選挙制度改革、成長戦 略などの課題に直面しており、また、2013年7月の参院選で勝利し、ねじれ国会を解消したので、今後はさらに外交・安保・防衛・憲法に関する具体的な課題に本格的に取り組む意向である。
2.脅威認識
安全保障面では日本にとって①中国の政治・経済・内政を含む将来展望が最大関 心であり、当面は尖閣諸島周辺における活動を深刻視している。
さらに、中国海軍が 2008 年以降、第 1 列島線を越えて太平洋海域に活動領域を拡大していること、及び、中国軍の近代化が顕著であることに懸念を有している。 また、②北朝鮮が核開発(2013.2 に 3 回目の核実験)及びミサイル開発(2012.4 及び2012.12 にテポドンⅡ発射テスト)を進めつつあり、核に対する脅威感が広まっている。
3.日中問題―尖閣諸島問題中心に
(1)日本が 2012.9 に尖閣諸島を取得して以降、中国は公船による尖閣諸島の領海・接 続水域内への「無害でない通航」を繰り返し、軍用艦艇も接近している。
その後、2012.12.13 の公の航空機による領空侵犯以降、公の航空機・軍用機も日中中間線・ADIZ を越えて接近している。
(2)中国が尖閣諸島の領海・接続水域内における示威活動を継続しているねらいは、①海洋資源を含む海洋権益確保の他に、②在沖米軍の活動規制(EEZ 内の安全保障権 益追求)や③琉球への領土野心が含まれる可能性があるとみられる。
(3)中国は海域・宇宙・サイバー空間など領域未確定分野に勢力を拡大し、特に、海域 において領有権・資源・エネルギーなどの権益確保、海上輸送路の防護、台湾攻略を ねらいとして、海・空軍力を近代化しつつあり、領域外における活動を拡充しつつあ る。
しかし、日本としては中国を挑発することのないよう、また、日本の対応が中国に対する挑発と受け取られることのないよう厳に注意しつつ、領土保全に万全の態勢を維 持している。
(4)中国は緩やかな経済成長を続けているがインフレ、不動産バブル、地方債務の増大など構造的問題を含め、経済格差・官僚の腐敗・環境汚染・人権侵害・少数民族問題 などに直面しており、中国政府としては国民の不満を経済成長によって解消し、統治 の安定を図ることを優先しているようにみえる。
他方、日中間ではハイレベルの対話が停滞しているが、最近、中国の方が日中間の緊張関係を緩和するためのアプローチを進めている兆候がある。また、日本としても 日中間の対話の糸口を模索しているところである。
4.朝鮮半島情勢
(1)北朝鮮:金正恩体制は表面上、安定的に推移しており、金正恩は未だリーダーとして の訓育プロセスにある。他方、軍人を中心に大幅な人事異動に着手しており、李英治 統参謀長を玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)に替え、さらに金格植(キム・ギョクシク)に替える等、軍人の異動や降格を進めている。また、最近では崔竜海(チェ・リョンヘ)軍総政 治局長の優位、張成沢の後退などが目立つ。
外交面では最近、対話路線を進めているが、この間、一貫して核保有を目指して開 発に努力しているとみられ、北朝鮮の核・ミサイル脅威が現実化するのは時間の問題であるとみられる。
(2)韓国:日韓関係は、竹島問題、慰安婦問題、歴史認識などによって反日感情の高ま りもあり、ハイレベルでの交流が停滞している。韓国は朴政権誕生(2013.12)以降、安 保面では米韓同盟、経済面では中韓関係を重視する方向に傾斜しているのではない かとみられる。
特に、韓国では反日感情が強く、「正しい歴史認識」「信頼と原則」を重視しているところ、信頼関係が出来るかどうかは相手次第という態度である。他方、日本としては北 東アジアの安定を図るためには日米韓の緊密な関係が重要であるとの認識に変わりはない。
5.日米同盟:
(1)日米同盟関係は順調に推移しているが、米国のリバランスは国防費削減による影響 を受けつつある。米国の対中政策は、協調主義的傾向の強い関与政策であり、ヘッジ的要素は少ない。米国のアジア重視は変わらないが、日本など同盟国との防衛パートナーシップを促進する努力をしている。米国は、FRF の進展につき日本側の努力に期 待し、年内にも進展するよう求めているが、日本政府はFRF問題の解決に難航している。
(2)日米防衛協力ガイドラインも進捗しているが、対中脅威に関して日米間には若干の温度差がある。また、現在、日中関係・日韓関係の停滞状況について米国は日本に配慮を求めつつある状況にある。
6.日本の安全保障政策課題
(1)安倍政権の安全保障政策は、「力強い国家安全保障の再生」を目標として第1次安倍政策で課題としていた ①NSCの設置、②集団的自衛権問題を解決し、さらに、憲法 改正に取り組む意図である。
(2)さらに、緊密な日米同盟のもとで日米防衛協力ガイドライン、FRF(普天間基地問題)に取り組むとともに、外交面では価値観を共有する豪州、インド、ASEAN 諸国等との連 携強化に努力している。
(3)防衛力については、現防衛大綱(2010.12)の見直しを行い、①島嶼部の領域防衛 ②警戒監視能力 ③ミサイル防衛を強化する新たな防衛構想を策定中であり、年末までに中期防を含めて結論付けることが期待されている。
また、武器輸出三原則の見直しに着手しつつあり、さらに安全保障基本法など安全 保障関係の法体系についても、有識者懇談会の勧告を受けて着手することを検討中 である。当面は集団的自衛権問題が進展することに伴い、日米ガイドラインに基づく役割分担、防衛大綱や防衛力整備及び、関連国内法の整備などに大きな影響を与えることになるが、この問題については周辺諸国との関係についても十分な調整が必要である。
(4)日本にとって安全保障上の最大課題は依然として中国及び北朝鮮による核・通常戦力の威嚇あるいは使用に伴って生じる脅威であり、これに対して日米同盟と防衛力及 び外交努力によってトータルな抑止と対応の能力を強化することに努めつつある。