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台湾国憲法を制定する以外に、台湾の生きる道はない |
2005-12-02 10:37:45 |
宗像隆幸 |
『明日への選択』12月号掲載
宗像隆幸 アジア安保フォーラム幹事
自分たちの自由を守るためにデモクラシーという政治制度を創建した古代ギリシア人が、もし敗戦後の日本を見たら、「君たちの言う民主主義はデモクラシーじゃないよ。日本は占領軍から与えられた憲法を使っているじゃないか。そんなのはデモクラシーとは言わないのだ」と言うに違いない。
ソクラテスが「悪法も法である」と言って死刑判決を甘受したのは、それがアテネ国民によって制定された法だったからである。その国の歴史や伝統などによって様々なタイプのデモクラシーが生れたが、自分たちで自分たち自身を統治するのがデモクラシーの基本原則であることに変わりはない。すなわち、デモクラシーとは、自分たちが直接に制定した法か、自分たちが選出した代表によって制定された法に従うことなのである。ところが日本では、占領軍によって与えられた憲法の絶対護持を主張する人びとまでが民主主義を叫んできたのだから、こんな矛盾はない。近年、日本人自身の手で新しい憲法を制定する気運が高まってきたことは、日本が真のデモクラシー向かいつつあることを示すものであろう。
占領軍に外国憲法を強制された台湾
台湾も日本と同じように、占領軍によって自分たちが作ったものではない憲法を強制された。
日本が連合国に対する降伏文書に調印した一九四五年九月二日、マッカーサー連合国最高司令官は一般命令第一号を発令した。この命令によって、アジア各地に展開していた日本軍は降伏すべき相手を指示された。米軍の日本占領やソ連軍による満洲占領、蒋介石の中華民国軍による台湾占領などは、全てこの命令に基づいている。これは戦勝国による一時的な占領であって、日本が米国領になったのでもなければ、満洲がソ連領になったわけでもなく、台湾が中華民国の領土になったのでもない。ところが、台湾は中華民国の領土になったと一方的に宣言した蒋介石は、中国で中国人によって中国のために制定された中華民国憲法を台湾にも適用した。日本は一九五一年に締結されたサンフランシスコ平和条約で台湾の領有権を放棄したが、それまで台湾はまだ法的には日本領だったのだから、米占領軍が日本にアメリカ合衆国憲法を適用したようなものである。平和条約は日本の台湾放棄を決めただけで、台湾の帰属は一切決定されなかったので、台湾が中華民国の領土になったわけではない。いまだに台湾は、占領軍に強制された外国の憲法を用いているわけである。
白色テロから民主化の時代へ
台湾を占領した蒋介石政権は、台湾人を恐怖政治(テロリズム)で支配した。一九四七年に台湾人が蒋政権の暴政に対する抵抗運動を台湾全島で起こした二・二八事件では、指導層の知識階級を中心とする約三万人の台湾人が殺されたが、蒋介石の後を継いだ息子の蒋経国の時代まで恐怖政治が続いた。蒋政権は反共だったから、台湾人は共産党の「赤色テロ」に対して蒋政権の恐怖政治を「白色テロ」と呼んでいる。
一九八八年に蒋経国が病死した後、副総統だった台湾人の李登輝が総統(大統領)に昇格して以来、次第に台湾の民主化が推進され、一九九二年には初めて民主的な選挙で国会議員が選出され、一九九六年には総統も国民の直接選挙で選出された。しかし、台湾占領に伴って中国から台湾に渡ってきた人々とその子孫(二千三百万台湾人口の約十三%)の勢力がまだかなり強かったので、台湾の民主化は台湾憲法の制定ではなく、白色テロ時代は実質的に凍結されていた中華民国憲法に基づく民主化という形を取らざるをえなかった。李登輝総統の時代に中華民国憲法は数回改正されたが、しょせんは占領軍が与えた外国憲法である。台湾は自由で民主的な社会になったとは言え、法的にはデモクラシーとは異質の国家であり、中華民国憲法を用いている限り、法的には台湾はいまなお中国の一部なのだ。だからこそ中国は、「台湾問題は国内問題だから、国際関係では禁じられている武力による威嚇や武力行使も台湾に対しては許されるのだ」と言って台湾を武力で脅しているのである。台湾をデモクラシーの国家とし、法的にも台湾を中国とは異なる独立国家とすることによって安全保障体制を確立するためにも、台湾人自身の手で台湾国憲法を制定する以外に台湾が生きる道はない。
米国は台湾国憲法制定への反対をやめよ
李登輝総統が引退した二〇〇〇年の総統選挙で、民主進歩党(民進党)の陳水扁が当選した。中国国民党は、台湾占領以来ずっと掌握してきた政権を失ったのである。民進党は中華民国体制からの独立を目指している台湾人の政党だから、台湾憲法の制定を最大の目標としている。しかし、国会で野党が多数を制している情況では、台湾憲法の制定は不可能である。
二〇〇四年の総統選挙で台湾憲法の制定を公約に掲げた陳水扁総統がかろうじて再選されたが、同年末の国会議員選挙では大方の予想を覆して野党が過半数を維持した。民進党の総統選挙における苦戦も国会議員選挙における敗北も、台湾憲法の制定と台湾の現状変更に一切反対している米国の影響が大きい。「アメリカが反対していることを行えば、中国が攻めてきても、アメリカは台湾を助けてくれない」という野党の主張が、台湾憲法の制定などの現状変革に、台湾人民を躊躇させているのである。
歴代の米大統領の中でも、ブッシュ現大統領ほど自由と民主主義を世界に拡大することに熱心な大統領はいない。二〇〇五年一月の大統領就任演説で「自由」という言葉を四十二回も使ったブッシュ大統領は、その後も繰り返し「自由と民主主義の世界への拡大」を訴えている。そのブッシュ大統領が台湾の民主主義を確立するために必要な台湾国憲法の制定に反対していることは、全く不可解である。米国政府は、台湾に対して「中国を刺激するような現状変更は一切行うな」と要求している。しかし、台湾が現在の中国憲法を使っている限り、政権が交代すれば、親中国派の政権によって台湾の自由と民主主義は崩壊させられる可能性が大きいのである。
二〇〇五年五月七日にブッシュ大統領は、ラトビアのリガで行った第二次世界大戦の戦勝六十周年記念演説で、東欧と中欧をソヴィエト帝国の鉄の支配下に置くことになったヤルタ協定を米国の歴史的な大失敗と断じて、「大国間で話し合いがもたれるとき、小国の自由はややもすると犠牲にされる」と語った。そのブッシュ大統領が、中国との話し合いのために、台湾の自由と民主主義を犠牲にしようとしているのである。台湾を本当のデモクラシーの国にするために、そしてブッシュ大統領がヤルタ協定の失敗を繰り返えさないためにも、米国の対台湾政策を一日も早く変更して欲しいと思う。(二〇〇五年十一月) |
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