台湾憲法を制定しなければ、台湾の自由民主主義は確立できない 2006-03-01 15:16:24
宗像隆幸
台湾憲法を制定しなければ、台湾の自由民主主義は確立できない
民進党も制憲運動に全面協力すべきだ。そうすれば、国民の信頼を回復できる

宗像隆幸/アジア安保フォーラム幹事


民主進歩党は、二〇〇四年末の立法院選挙で負けて以来、初心を忘れたかのような迷走を続けてきた。二〇〇〇年の総統選挙に勝って政権を手中にしたものの、民進党は立法院で少数与党だったために殆ど党独自の政策を立法化できなかった。しかし、二〇〇四年の総統選挙で僅差ながら勝利したことで、民進党とその支持者はみな同年末の立法院選挙で過半数を制することができると確信したはずである。ところが、予想外の敗北で、民進党はすっかり自信を失ったように見える。

日本には「政治は一寸先は闇」という言葉がある。政治の世界では予想外のことがしばしば起こるが、そのため窮地に陥った政党は危機から脱しようと、いろいろな道を模索する。そのような時、他党と思い切った妥協をしたり、大幅な政策転換を行ったりするのは、政党政治の常道である。しかし、政党の初心、すなわち基本理念を曲げたり放棄してはならない。政策は政治問題だから基本理念に矛盾しない範囲で転換してもよいが、基本理念は哲学の問題なので、基本理念から逸脱すれば、政党の存在意義が失われるからである。

まだ台湾が専制独裁政党の戒厳令下におかれていた一九八六年に結成された民主進歩党は、基本綱領で台湾に自由で民主的な国家を建設することを基本的な目標として掲げた。この自由と民主主義が基本理念であり、民進党の基本的な目的は、国民の自由を守るために民主的な法治国家を建設することであろう。これは、アメリカ合衆国の建国精神と全く同じであり、自由民主主義国家に共通する価値観である。

民主政治とは、自分たちで自分たち自身を統治する政治である。すなわち、自分たちが直接に制定した法か、自分たちが選出した代表を通じて制定した法に従うことが、民主政治の基本原則なのだ。ところが、中華民国憲法は、中国で中国人によって中国人のために作られた中国憲法である。現在の台湾は自由で民主的な社会であるが、それは社会現象に過ぎず、制度として民主主義が確立されているわけではない。それが社会現象にとどまっている限り、政権党が変われば、自由と民主主義が崩壊する可能性もあるのだ。台湾の人々が自分たちで自分たちの憲法を制定することによって、台湾は初めて制度としても民主国家になるのである。

民進党創立十七周年の二〇〇三年九月二十八日、陳水扁総統は「二〇〇六年に公民投票で台湾憲法を制定して中華民国憲法を破棄する」と公約した。これは、台湾を法的にも自由民主国家にすることであり、民進党の基本理念にも合致する立派な公約であった。しかし、同年十二月九日、ブッシュ米大統領は訪米した温家宝・中国首相と会談した後「我々は、一方的に現状を変えたがっているような台湾の指導者の言行に反対する」と語った。十二月二十九日、米国政府の尻馬に乗って日本政府までが、「住民投票実施や新憲法制定に関する陳水扁総統の最近の発言が、中台関係をいたずらに緊張させる結果になっている」と、陳水扁総統に伝えた。特にこのような米国の干渉は、陳水扁総統に対する大きな打撃となった。「米国は陳水扁政権に反対している。このような情況では中国が台湾を武力で攻撃しても、米国は台湾を助けてくれない」などと、野党が国民の不安を煽ったこともあって、陳総統に対する国民の支持率が低下した。この危機を救ったのは、危機感を抱いた人々による大衆運動であった。二・二八事件の五十七周年記念日には、手護台湾大聯盟(総招集人=李登輝前総統、執行招集人=黄昭堂台湾独立建国聯盟主席)の主催で、約二二〇万人もの人々が台湾の南端から北端まで人間の鎖を作り、「台湾イエス、中国ノー」と叫んで、「統一派」に反対し、「独立派」を支持する意志を表明した。その二十日後に行われた総統選挙で陳総統は約三万票、〇・二二八%の僅差で再選されたので、奇跡の勝利と呼ばれた。
しかし、陳総統は総統就任演説で、「四つのノー(独立を宣言しない。国号を変えない。二国論を憲法に入れない。統一か独立かに関する公民投票を行わない)」という四年前の公約を再確認した。陳総統は、アメリカの要求に屈して台湾憲法の制定を断念したのである。これは大きな誤りであり、米国政府の要求を受け入れるのではなく、逆に米国政府を説得すべきであったと思う。米国政府は台湾のことを理解した上であのような圧力をかけたわけではなく、台湾海峡で紛争が起こることを恐れて、深く考えもせずに中国の要求を受け入れたことが明らかだったからである。

歴代の米国政府の中でも特にブッシュ政権は、自由と民主主義を世界に拡大することを重大な使命としている。台湾で自由と民主主義を確立し、台湾を法的にも民主国家にするためには、台湾憲法の制定が不可欠であることを認識すれば、ブッシュ政権は台湾憲法の制定に反対できないはずだ。これは価値観の問題であるが、台湾憲法の制定は米国の基本的な国益にも合致する。

中国が台湾憲法の制定に反対するのは、台湾憲法を制定して中華民国憲法を廃棄すれば、中国が台湾に対して武力で威嚇したり武力を行使することは、明白な国際法違反になってしまうからである。一九四九年に中華民国が中国大陸の領土を失って中華人民共和国が成立した時、中華民国は滅亡して中華人民共和国が中華民国の全ての権利を継承した、というのが中国の立場である。一九七一年の国連総会は、「中華人民共和国の代表が国連における中国の唯一の合法的代表であり、蒋介石の代表を国連および全ての国連機関から即時追放する」という第二七五八号決議案を採択した。「中華民国の代表」ではなく、「蒋介石の代表」を追放するという決議案を採択したことによって、国連も中華民国がすでに消滅していることを承認したのである。この決議には、「日本はサンフランシスコ平和条約で台湾の領有権を放棄したが、その帰属については何も定められなかったので、台湾は中華民国の領土になったわけではない。国際法で認められた領土を持っていない中華民国は、主権国家ではない」と言う意味が含まれている。中国は「台湾は中華人民共和国の領土である」と主張しているが、周恩来中国総理はキッシンジャー・ニクソン米大統領補佐官との会談(一九七一年十月二十一日)で、この国連決議は「台湾の法的地位未定を認めるものである」と語っている。

中華民国はすでに滅亡しているという国際社会でも広く認められている立場に立てば、中華民国を名乗っている団体は中国に対する叛乱団体であり、中国はこの叛乱を鎮圧する権利を持っていることになる。武力を行使しても台湾を併合するという中国の立場から見れば、台湾が中華民国憲法を守り続けることが必要なのだ。しかし、中華民国はすでに消滅したという中国の立場では、中華民国憲法を守れと要求することはできない。そこで中国は、台湾憲法の制定に反対するだけで、台湾内部の「統一派」に中華民国憲法の護持を叫ばせているのである。
台湾憲法を制定して中華民国憲法を廃棄すれば、台湾と中国の関係は、法的にも国家と国家の関係、すなわち国際関係になる。国際関係において武力で威嚇したり武力を行使することは国際法で固く禁じられているから、現在のような中国の台湾に対する横暴な態度は、重大な国際法違反として糾弾されるようになり、制裁を科されることもありうるのである。そうなれば、台湾の安全を守ることは今よりはるかに容易になり、米国や日本などの関係諸国だけではなく、世界平和にも貢献することになる。

アメリカにおいても台湾の安全保障問題は、これまでもっぱら軍事問題として論じられてきた。しかし、アメリカの議会や中国問題専門家たちの間で、やっと台湾問題をもっと詳しく研究する動きが生じている。何しろアメリカは世界で唯一の超大国であり、世界の問題に関与しているために、小国の事情にはなかなか目が届かない。アメリカの台湾に対する認識を深めるために、台湾はもっと積極的にアメリカに働きかけることが必要であろう。

陳水扁総統が民進党の立党精神を忘れたかのように、台湾憲法制定の断念を表明したことは、民進党のもっとも熱心な支持者たちを落胆させた。この後、台湾憲法制定運動は、手護台湾大聯盟を中心とする民間組織が中心となって推進することになった。主権者は国民だから、制憲運動を民間組織が国民運動として展開するのは、運動が本来あるべき姿に戻ったものと言える。中華民国政府が制憲運動を主導すれば、中華民国憲法に制約されることになるからである。中華民国憲法を台湾に適用すること自体が、もともと不法行為なのだ。

中華民国憲法は、一九四七年に施行されると同時に、蒋介石政権占領下の台湾にも適用された。日本が台湾を放棄することを定めたサンフランシスコ平和条約が締結されたのは一九五一年だから、当時の台湾はまだ日本の領土であった。その台湾に中国憲法を適用したのは、完全な国際法違反である。日本は台湾の領有権を放棄したが、台湾が中華民国の領土になったわけではない。一九五二年に日華平和条約が締結されたとき、葉公超外交部長が立法院で、台湾は当然わが国の領土であると言いながらも、「国際的に難しい状況のため、わが国に帰属していないことになっています」と答弁しているように、中華民国政府も「国際法上、台湾は中華民国の領土ではないこと」を認めている。現在もなお、中華民国憲法を台湾に適用しているのは、国際法違反なのだ。従って、国際社会で承認される台湾憲法を制定するためには、中華民国憲法を継承する形式を取ってはならない。

では、どうすればよいのか。現在、人民自決の原則は、国連憲章、植民地独立付与宣言、国際人権規約などで国際法として確立されている。台湾の主権者である台湾人民が、台湾憲法草案を制定して、公民投票でそれを採択すればよいのである。

民進党の迷走は、陳総統が台湾憲法制定の断念を表明したときに始まったと思う。その結果、熱心な民進党支持者の意気を削いだ。それに、どうせ立法院選挙では勝てるという民進党側の油断と、ここで負けたら政権奪回はありえないという危機感による国民党側の必死の努力があいまって、民進党の敗北を招いた。その結果、民進党は昏迷に陥り、誰の目にも明らかな迷走を始めた。そして民進党は、昨年十二月の地方統一選挙で惨敗した。

しかし、本年の元旦講話で陳水扁総統は、「今年中にも民間で台湾憲法草案が起草され、来年中に憲法制定のための公民投票が実施されることを希望する」と語った。陳水扁総統は、民進党の立党精神を思い出し、党の基本理念に立ち返ったのであろう。ここで重要なことは、民進党の動きである。政党は、中華民国の機関ではなく、あくまでも民間団体である。手護台湾大聯盟や台湾団結聯盟と協力して、民進党が強力に憲法制定運動を推進すれば、民進党は、台湾に真の自由民主国家を樹立することを熱望する広範な国民の支持を得て、次の立法院選挙と総統選挙で勝利できると信じる。

注:もっと詳しく知りたい方は、パンフレット『全民制憲』と『瀕臨危急存亡的危機台湾──美国應改變對台政策』を御覧下さい。漢文版(上)(下)、日文版(上)(下)、英文版(I)(II)(III)もあり、下記のところで入手できます。なお、『全民制憲』は二〇〇四年九月二十一日の『自由時報』に全文掲載されています。


 
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