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歴史が告る「価値観外交」の意義 |
2007-03-29 18:20:30 |
廖建龍 |
りようけんりゆう 台湾‧中国研究者
──これまで日木の外交は、いかに中国と摩擦なく付き合うかということに力を注いできたわけですが、安倍首相はそうした古い枠組みを超え、自由、民主、基本的人権、法の支配といった価値観を中心に据えた、いわば価値世外交というべきものを展開しています。
そうした中で最近、この価値観外交にも関わる『共產中国にしてやられるアメリカ』(草思社)という実に刺激的なクイトルの本が翻訳出版され話題になっています,この本は、戦後のアメリヵがいかに中国への対応を誤り、今日の台湾海峡の危機を招くにヰったかを明らかにした内容で、この価値観外交にとっても大変示唆に富んだものです。
そこで、この本を翻訳された廖先生に、本書の紹介も兼ねつつ、台湾をめぐる日米中の関係などについてお話しをうかがいたいと思います。
まず、この木を著わされた阮銘さんとは一体どんな人物なのかということから話していただけますか。
中国の本質を知らないアメリカの指導者たち
廖 阮銘さんぃ一九四六年、十五歳で共産党に入党しますが、文化大革命で辛酸をなめ、文革後、民主改革を試みる胡耀邦に招かれ、中央党校で理論研究に携わったこともある異色の経歷の持ち主です。阮銘さんは筆が立つのを見込まれ、主に理論面で共産党の仕事に従事するわけですが、保守派の王震に党籍を剥奪され、天安門事件を機に国外に亡命します。その後、プリンストン大学などで国際政治を研究する一方、その頃民主化が始まったばかりの台湾に定住し、台湾国籍を取得しています。
日本では余り知られていませんが、阮銘さんはアメリカの学会や台湾や香港などの華人社会では優れた国際政治学者、また中国共産党の内情に詳しい専門家として有名です。
──この本を読んで非常に興味深かったのは、アメリカの指導者が中国の本質をいかに見誤ってきたかということが、具体的に明らかにされていることです。
廖 阮銘さんは、ニクソン、キッシンジャーと毛沢東、カーター、ブレジンスキーとケ小平、レーガンとケ小平、クリントンと江沢民、あるいはケ小平と蒋経国、江沢民と李登輝などの対決図を描くことによって、アメリカの失敗を浮き彫りにしています。つまり、レ、ガンを除くアメリカの指導者たちは、効果的な説得をすれば中国は自由陣営になる、民主化が行われると誤解したのです。その典型がカーター政権の大統領補佐官だったブレンジンスキーで、市場経済になれば中国は民主化するという強い期待を表明しています。
こうしたアメリカの指導者たちは、中国の本質を見誤ったというよりも、むしろ、そもそも中国人を知らない、特に中国の政治指導者のしたたかさ、共産党の本質を知らないと言うべきだと思います。だから、いつも中国にやられてきたのです。
その結果、阮銘さんも書いているように、カーターや現ブッシュ大統領の父親のブッシュ・シニア、あるいはクリントンなど、アメリカの歴代大統領が中国に譲歩して、結局いいように利用されてきたわけです。
この本を翻訳しながら、私はアメリカの指導者の手法は日本の政治家と全く同じだということを痛感させられました。
共産中国の本質は「奴役制度」
──その中国の本質ですが、阮銘氏は「奴役制度」という独特の用語を使って説明していますね。
廖 「奴役制度」というのは新しい言葉で、私は初め「奴隷化制度」と訳しました。けれども、日本語の奴隷化とは少しニュアンスが違うので、原文のままにしたのです。
この言葉を阮銘さんはこの本のキーワードとして使っているわけですが、要するに、共産党の一党独裁の下で、人民は人類の普遍的価値である自由を奪われ、人間としての尊厳を失い、奴隷のような生活を強いられてきたという現実を指すものです。どういうことかと言うと、毛沢東は共産党の専制支配の下で、自由陣営に対して閉鎖戦略を採り、人民の消費を極度に圧縮して、国家の資源と人力を核兵器などの特定の目標に集中投入し、短期的成功を収めてきたということです。
──中国ではケ小平時代に経済の開放政策に転換しましたが、その後もその奴役制度は変わらないというのですね。
廖 ケ小平による経済の改革開放政策は、共産党支配を維持し、強化するための一種の方便に過ぎなかったというのが阮銘さんの見方です。それで阮銘さんはケ小平以降の時代は、「開放型奴役制度」と言っています。
ご承知のように、八九年に天安門事件が起きますが、あの時ケ小平は共産政権を守るためにどうすればよいのかと、ものすごく動揺したわけです。というのも、当時は自由化の波によって、東欧諸国やソ連がガタガタに崩れ始めていたからです。
結局、ソ連のような崩壊に至ることなく、ケ小平は中国を立て直したわけですが、その時に彼が使った武器が経済の改革開放です。政治の開放はその時点でやめたのです。つまり、スタ一リンや毛沢東は、「鉄のカーテン」や「竹のカーテン」によって経済を封鎖し、完全に世界から隔絶したわけですが、ケ小平は経済だけはオープンにしたわけです。
おそらくケ小平は、国民党の蒋経国が行った開発独裁を真似たのだろうと私は思います。蒋経国については後にも触れるだろうと思いますが、彼は独裁を維持しつつ、台湾の経済をテイクオフさせた。そこからケ小平は開放政策の着想を得たのだろうと思います。
むろん、九0年代は蒋経国の時代とは状況は違って、経済のグローバル化が始まっており、ケ小平はそのグローバル化の波にも乗ったのです。阮銘さんの言葉で言えば、中国の安い賃金と安い土地でもって、欧米の技術や資本を引き入れ、経済を開放してテイクオフさせようとしたのです。天安門事件後、欧米は経済制裁を一時的に行いましたが、間もなく技術と資本を中国に入れ始めました。それで経済を建て直しつつ、一方では政治の開放、つまり民主化はやらなくなった。
こうして、阮銘さんが言う開放型共産奴役制度が出来上ったのです。つまり、阮銘さんに言わせれば、ケ小平は中国人の人権と民主を犠牲にして外資を呼び込んだのです。その結果、奴役制度は維持され、中国人民は人権も自由もないという状態のままとなったのです。
ご承知のように、中国人民の大多数はいまでも組合もなければ生活の保障もないし、かちん保険も年金もありません。そういう状態を強いられているということが開放型共産奴役制度の実態なのです。要するに、中国人の犠牲の上に開放型共産奴役制度が維持され、なおかつ欧米企業が儲かっているということです。だから、欧米は中国共産党の人権侵害に加担していると彼は訴えているわすです。
「党国」路線を歩む胡錦濤
──つまり、ケ小平が推進した経済の改革開放政策は、決して政治的自由に結びつくものではないと。
廖 ええ。それどころか、むしろケ小平の開放政策は共産党の」党独裁体制を強化しその継統を図るためのものだったのです。
そもそも党即ち国家という体制こそは近代中国の特質とも替えるのです。国民党時代の台湾もそうでした。当時の台湾は、実際は国民党の」党専制で、国家は掛民党の支配下にあり、軍隊も党軍で、国旗も党旗でした。蒋介石が率いる国民党が台湾に逃れてきて以来、蒋経国の時代ぁ含めて、党即ち国家という体制、要するに党国制度だったのです。一方、共産党も毛沢東以来、党が全ての党国制度です。人民解放軍が国家の軍隊ではなく共産党の軍隊であるごとは周知の通りです。
しがし、ずでに台湾の党国制度は崩れ、国民党は政権も`失いました。軍隊ま台湾国軍になりましだ。台湾の軍隊には国民党員が非常に多いのですが、昔とは性格が違ってきました。国歌や国旗はまだ変、ニしいませんが、二度と党国制度には戻れないだろうと思います。他方、中国では今も党国制度が盤石です。それは結局、天安門事件後、ケ小平が経済開放を推進して国力を高め、共産党の支配体制を強化したからです。
この本にも出てきますが、ケ小平は政治の改革を志向した胡耀邦や趙紫陽にば一歩も譲りませんでしたが、王震や李鵬などの保守派には譲歩していまず。結局、胡耀邦の考えでは共産政権の存続は守れないと本能的に察知していたからだと思います。
──こうしたケ小平の考えは江沢民にも受け継がれるわけですね。
廖 江沢民はもちろん、胡錦濤にも受け継がれています。ケ小平は死ぬ前に江沢民を後継者に指名したばかりか、その次の後継者に胡銅濤を指名したからです。あなたは十年やったら胡錦濤に譲りなさいと。ポスト江沢民の人事がすんなり胡錦濤に決まったのはそのためです。つまり、胡錦濤までケ小平の遺言通りの人事なのです。だから当然、胡錦濤の下でもケ小平体制は続いているわけです。ケ小平の時代にすでに今日のし]かは敷かれていたわけです。
──ということは、胡錦濤はソフト路線になったと言う人もいますが、それは間違いだということになりますね。
廖 その通りです。そればかりか、ケ小平や江沢民はまだ対外的には防御的でしたが、胡錦濤になって拡張戦略に変わってきたという見方を阮銘さんは示しています。
ケ小平の時代は今日以上に欧米のカが強かったし、また天安門事件もあって、中国は防御に必死でした。もちろん経済的にも中国はまだ小さかったから、防御的にならざるを得なかったのです。
しかし、今や中国は経済的に大きく成長しました。中国は強くなったから、もっと対外的に打って出るべきだ、というのが胡錦濤の考えです。それで、軍拡や海洋進出などに極めて意欲的に取り組んでいるわけです。もし胡錦濤とケ小平や江沢民に違いがあるとすれば、その辺りだろうと思いますね。
むろん、中国国内の不満はどんどん高まっています。共産党による厳しい統制にもかかわらず、暴動は0五年は七万件、0六年は九万件……というように年々増えています。しかし今の中国は、こうした内部の不満を抑えるためにも外に拡張しなければならないのです。拡張しなければ党国制度が維持できない。阮銘さんは、今の中国の本質は軍事拡大と覇権にあると指摘していますが、それは軍事覇権の拡大でしか党国制度は維持できないからなのです。
カーターの裏切りを逆手に取つた蒋経国
──ここで話を台湾問題に転じたいと思います。冒頭でも少し触れましたが、この本では、台湾との関係をめぐり、アメリカの指導者たちがいかに中国との対決に敗れてきたが、他方、台湾の指導者たちがいかに中国との対決に勝利してきたかが、とても対照的に描かれています。
廖 ご承知のように、一九四九年に中華人民共和国が誕生して以降、アメリカは中国を承認しないできたわけですが、七二年に二クソンが北京を訪問し、米中関係は急速に進展します。その時に発表されたのが「上海コミュニケ」ですが、この文書は「アメリカ合衆国は、台湾海峡両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部であると考えていることを認識する」と述べています。これは阮銘さんによれば、アメリカが台湾海峡の両側に各々独立して存在する「一つの中国」(中華人民共和国と中華民国)を二重承認したことを具現したもので、それによって相対的に安定した三角形の枠組みができあがった、と評価しています。実際、以降七八年までの間、米中は相互に連絡事務所を作る一方で、アメリカは国民党政権との国交関係も継続していた。
ところが七八年十二月、カーター政権は「国交に関する共同コミュニケ」を発表するわけですが、それは「中華人民共和国は中国唯一の合法政府であることをアメリカ合衆国は承認する-と謳っているわけです。これに基づき、力、タ、は台湾と断交し、防衛条約を破棄し、米軍を撤退させるわけですが、阮銘さんは、力ータ―政権は台湾の独立主権を共産中国に譲り渡したと手厳しく批判しています。
この背景には、アメリカと連合して台湾を抑えようというケ小平の目論見があった。いわゆる「連米制台」と言われる戦略です。つまり、カーターはケ小平の術中にはまってしまったわけです。カータ―を圧倒したケ小平は、「一国二制」案に基づく統一を蒋経国に迫ります。
──この危機に際して、蒋経国はアメリカの指導者とは対照的な実に賢明な対応をとるわけですね。
廖 ええ。まず、ケ小平が示した統一の提案に対しては、何もしない方がよいと判断し、接触せず、交渉せず、妥協せず、という姿勢を貫きました。もし台湾が何らかの対応をしていれば、恐らく大陸に飲み込まれていたはずです。当時の台湾が置かれていた状況から言って、これは正しい判断だったと思います。
同時に蒋経国は、従来の国民党による党国専制体制を改め、民主化のレールを引くわけです。つまり、ある種の政治的自由化をここで選択したわけです。阮銘さんの言葉で言えば、中国を主体と考え、アメリカの援助に依存し、台湾を大陸反攻の基地とする国民党外来政権体制から、台湾を主体と考え、台湾人民に依拠して自由民主の現代国家を建設する道へと踏み出したということです。いわゆる「革新保台」、つまり革新による台湾死守を選択したわけです。
恐らく普通の中国人であれば、降参して大陸に戻っていたと思います。ところが、蒋経国は大陸には戻らず、台湾を自由民主の国にする道を選択しました。その辺が蒋経国の偉いところだろうと私は思います。
このような台湾の民主化への転換は、アメリカ議会が「台湾関係法」を作る背景ともなりました。議会が動いて、法案が成立し、それが今日まで続いているわけです。台湾関係法は、アメリカ政府が中国による台湾併呑を座視するのを阻止しようとするものですが、阮銘さんは、台湾に対して主権国家の独立した地位を賦与している、と評しています。
実はケ小平は「共同コミュニケ」によって、香港も台湾も同時に取れると思っていたのですが、ついに晩年、「台湾は取れない」と非常に残念がっています。ケ小平と蒋経国は同年代の政治家ですが、結局、蒋経国が勝ったと言えると思います。
──蒋経国はアメリカから見放されたことを逆手にとって、台湾民主化のレールを引いたというわけですね。
廖 そうです。その後、蒋経国の後継者に抜擢された李登輝さんは、国民党時代の政治や社会の諸々の歪みを除去しつつ、着実に台湾を民主化していきました。いわば「静かな革命」を行ったわけです。それによって李登輝さんは江沢民の中国に対抗したわけですが、江沢民はそれに対してどうすることもできませんでした。
台湾取り込みにどう対処すべきか
──現実主義的に対処したアメリカの指導者たちが中国に敗れつづける一方、自由と民主の旗を掲げた台湾の指導者が中国に勝ちつづけてきたことは注目に値しますね。
廖 その通りです。ただし、蒋経国の時代と今では状況も大きく変わっており、今では蒋経国が大陸に対してとったような姿勢がとれなくなっているのも事実です。中国は台湾に対しても投資を餌のようにぶら下げてくるし、それで台湾の多くの企業が大儲けしています。中国との接触を完全に断ち切るという蒋経国時代のような選択は今や不可能です。
一方、胡錦濤の時代になって、中国も台湾への戦術を変えてきています。つまり、以前のようなミサイル試射などによる軍事的恫喝は却って民主化をあと押しし、独立派を利するだけであることを知った中国は、一転して国民党を取り込む戦術に転換しています。だから、・今の中国は民進党を相手にしていません。今後の一つの焦点は、中国が国民党をどれぐらい取り込むことができるかということになるわけです。
──そうした中国の「取り込み戦術」に対しては、単なる現実主義的な外交だけで対処すると足をすくわれることになりますね。
廖 大切なのは、今日の世界には、「自由民主の台湾」と「共産独裁の中国」が併存しており、この現実は変えることができないという事実を直視することだと私は思います。だからこそ、台湾は日本や欧米と連合して、中国に対抗しなければいけないと阮銘さんも説くわけです。
この意見には私も賛成なのですが、というのも、今までのように民族独立を訴えるだけでは、台湾は世界から充分な理解や協力を得られないと思うからです。台湾は自由民主の陣営に立ち、日本や欧米と共通の価値観に立つということが世界に理解されることで、初めて中国に対抗できる大きな力が結集できると思うのです。そうなれば、アメリヵも日本もイザという時には簡単には台湾を見捨てられない。単に台湾独立を叫び、台湾人のナショナリズムに訴えるだけでは充分ではないと思うのです。
── しかも、胡錦濤の中国は拡張路線に転じつつある……。
廖 ええ。資源調達の必要もあり、中国は東シナ海を初めとする色々な地域に出てきています。海洋立国を宣言したり、アフリカなどにも進出しています。これを見かねて日本も立ち上がりつつあるわけですが、それほど最近の中国の動きは目立っでいます。
阮銘さんは、中国は拡張政策を直ぐには実行しないだろうが、しかしその準備は着々としている。だから十年後は分からないと言っています。
実はキッシンジャーも最近、アメリカと中国はいずれ対立するけれども、十年かそこらは対立しないと予測しています。親中派で知られるキッシンジャーといえども、いずれアメリヵと中国は対立するという見方に立っている。恐らく今後のアメリヵは、中国を一つの「対抗勢力」として明確に位置付けるだろうと思います。
そうなれば当然、東アジア・太平洋地域では、日本、台湾、韓国が一つの防衛ラインになります。このラインを維持しなければ、中国の拡張を防ぐことは難しくなって、アメリカが中国に対抗することは出来なくなるだろうと思います。
ミュンヘンとヤルタの「教訓」
──そうした台湾海峡をめぐる危機の打開策を、阮銘さんはかつてのミュンヘン協定やヤルタ協定など、大国の利害のために小国の自由を犠牲にした歴史の苦い教訓から導き出そうとしています。
廖 ええ。今日の台湾について阮銘さんは、ミュンヘン協定でのイギリスの宥和政策によって、ナチス・ドイツに侵略されたオーストリアやチェコスロバキア、あるいはヤルタの秘密協定によって自由を奪われた、東欧の諸小国などになぞらえています。
確かに、三0年代のチェンバレン率いるイギリスは、ヒトラーとの間で現実主義的な妥協を行い、チェコ侵略を許してしまったわけです。しかしチヤーチルが首相の座に就いて以降、アメリヵと協力してヒトラーを破り、さらに戦後は共産ソ連の拡張を阻止します。そうした歴史の一つの教訓として、阮銘さんは、目先の利害に執した現実主義外交にとらわれていると必ず中国にやられる。理念を前面に立てないとダメだということを訴えているわけです。
また、阮銘さんは戦後の米中関係を「大西洋憲章」から説き起こしているわけですが、この本の切り込みの深さがそこに示されでいると私は思います。つまり、自由と民族自決の原則を提唱した四一年の「大西洋憲章」によれば、戦後の世界は全ての国々に「自由」が認められなければならないはずなのに、それからわずか三年後、アメリカはソ連を戦争に引き入れるためにヤルタで勢力分割を行った。その結果、東欧の国々は、五十年近くソ連の圧政下で苦しむことになった。ヤルタによって「歴史の誤り」が作られたと阮銘さんは言うわけです。
その点で注目されるのは、昨年五月、ブッシュ大統領がラトビアの首部のリガで行った演説です。ヤルタは間違いだったとブッシュは認めました。ヤルタ協定によって東欧が全部ソ連の支配下に入り、小国の自由を犠牲にしたのは間違いだったと述べたのです。
ブッシュはその時、中国には言しませんでしたが、アメリカの大統領として、ルーズベルトによるヤルタでの取引は間遠いだったと言ったのですから、次の大統領も台湾を犠牲にすることはしないと思うのです私はそう強く期待しています。
ともあれ、ミュンヘンやヤルタといった歴史の教訓から、今日の台湾危機を克服する道を示している点は、この本の醍醐味だと思います。
──結局、カーターなどのアメリカの指導者たちは、こうした歴史の教訓を無視して現実主義外交に入り込み、中国に足をすくわれたとも言えますね。
廖 その通りです。逆にレーガンが偉いのは」自由主義は正しく、共産主義は間違いだという点で決して妥協しなかったことだと思います。つまり、自由の理念をはっきり掲げていたからソ連に勝てたのです。理念においてソ連と妥協していたら、勝つことはできなかっただろうと思います。
求められる「日本のチャーチル」
──こうした歴史の教訓を踏まえれば、中国に対しては、白山の理念を掲げて対抗すべきだということがよく分かるわけですが、その意味で、安倍首相が各11首脳との会談などで、「自由の普遍的価値を共有すべきである」といったメッセージをしていることには極めて深い意味があるわけですね。
廖 もちろんです。そうした理念の発信は今までの日本の首相にはなかったことで、その意味で最近の日本には、自由陣営に立って国際秩序に責任を持つという姿勢が前面に出てきたのではないでしょうか。
日本の中にいると分からないかも知れませんが、防衛庁が防衛省になり、安倍首相が東南アジアやョ・ロッパなどの自由陣営を訪問したりしている動きを、「日本は立ち上がった」という図式でアメリカを初めとする世界は見ています。日本は今までは経済ばかりであったけれども、いよいよ政治的に立ち上がったと。だからこそ、日本が核武装はしないと言っているのはおかしいではない -か、というサインも出てくるわけで 一す。日本国内では核と言えば、すぐ非核三原則の話になりますが、しかし世界では、日本は中国や北朝鮮に対抗して核を持つだろうという話になってくるのは、むしろ当然とも言えるのです。
ともあね、これからの日本はますます、一国だけの殻に閉じこもりつづけるのか、あるいはアメリカを本当に助けて、白山陣常に立って国際秩序を守るのかということが本格的に問われてくるはずです。後考の道を選べば、必然的に中国と対立しますが、しかし日本が中国の覇権拡張にはっきり対決するようになれば、中国は尻ごみするだろうと思います。今までの日本は、アメリカの言いなりになってきたから、中国はアメリカだけを相手にすれば良かったわけです。しかし、日本がそうではないということになれば、中国も日本に対してもっと遠慮するようになるはずです。
中国の拡張を阻止するためには「日本のチヤ一チル」が必要だと阮銘さんは訴えています。安倍首相には、是非ともチャ。チルになってほしいと私は思います。
(一月十日取け。文責・編集磯)
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