「独立か、統一か」が争われた台湾総統選挙 2004-05-04 13:58:47
宗像隆幸
 2004年4 月20日号『時事評論』掲載 「独立か、統一か」が争われた台湾総統選挙                       アジア安保フォーラム幹事 宗像隆幸

 台湾の総統選挙前日の3月19日の午後、私と家内が台湾人の友人と3人で台北市内を歩いていたとき、友人の携帯電話のベルが鳴った。陳水扁総統(民主進歩党主席、総統候補)と呂秀蓮副総統(副総統候補)が狙撃されて負傷したとの知らせであった。我々は急いでホテルに戻り、テレビをつけた。台湾のテレビニュースは中文の字幕が出るので大体のことはわかるが、友人が詳しく説明してくれた。陳・呂とも軽傷で、明日の総統選挙は予定どおり行われるとのことであった。

 これで陳総統は確実に勝てる、と私は思った。当初、劣勢だった陳・呂コンビが、次第に連戦(中国国民党主席、総統候補)と宋楚瑜(親民党主席、副総統候補)のペアーを追い上げて、2月28日に220人を超える人びとが「人間の鎖」をつくって陳・呂支持デモを行って以来、わずかながら優勢を保っていると聞いていたので、これに銃撃による同情票が加われば、絶対に勝てると思ったのである。しかし、チャンネルをまわしていくつかのテレビを見ていた友人は、「この事件がどちらに有利に働くかはわからない」と言う。半世紀も続いた国民党独裁時代の名残で、台湾では新聞もそうであるが、テレビの大部分は国民党系である。連・宋側はテレビで盛んに「事件は陳・呂の自作自演であり、劣勢を挽回するための苦肉の策だ」と宣伝していた。それに対抗して陳・呂は傷までテレビで公開した。呂が撃たれたのは足であったが、陳は真横から腹を撃たれていた。傷が浅かったから、腹の脂肪をえぐられただけですんだが、少しずれていたら、陳は銃弾で胴を貫かれていたはずだ。しかも2人を撃った銃弾から、使用されたのは弾がどこに飛んで行くかわからない粗末な手製拳銃であることもわかっていた。少し冷静に考えれば、こんなヤラセはありえないことがわかるであろう。しかし、突然の思いがけない事件で誰もが興奮しているときである。このようなとき、大衆は話術の巧みなデマゴークに騙されやすい。連戦は「命に別条がないのなら、明日の選挙は予定どおり行うべきだ」と言っていたから、勝つ自信があったのだろう。翌日、投票を終えた宋楚瑜も自信あり気に、「選挙は平和的に、公平に行われた。台湾の民主主義が成熟した証拠だ」と語った。

 選挙は即日開票で、午後7時40分頃、選挙結果が発表された。29、518票の僅差ながら、陳・呂の勝利であった。負けがわかったとたんに連・宋は、「これは銃撃事件で陳・呂に同情票が流れた結果であり、不公平な選挙だったから、この選挙は無効だ。得票差があまりにも少なく、票差の10倍以上の無効票が出たから、投票用紙を数え直せ」と主張し、組織を動員して抗議活動を開始させた。無効票が多かったのには理由がある。一つは、どちらも支持したくない人びとか、無効票を投じる運動を行ったことである。もう一つは、立法院(国会)で過半数を占める国民党・親民党側が、自分たちに有利なように選挙法を改訂したことだ。投票用紙には投票所に用意されている印を押す場所があり、その下に顔写真つきで候補者の名前などが書かれている。前回までは誰に投票したかわかるように印が押されていれば有効だった。ところが今回から、印を押すべき空欄に押印されていない投票は無効とされた。国民党は世界一の金持ち政党であり、半世紀も続いた一党独裁の影響で、今でも台湾のすみずみまで張りめぐらされた各種の組織を支配している。まだ民主化が未熟な台湾では、選挙での買収は野放し状態と言ってよい。国民党側はそれらの組織を通じて有権者にカネをばらまき、そのとき投票の仕方を詳しく指導できるのだ。そのため陳・呂側の無効表が多かったことは、双方の開票監視人たちが確認している。だから、陳総統は「立法院が必要な法的措置を講じ次第、票の数え直しを行おう」と提案したにもかかわらず、連・宋側はいまだに(4月12日)応じず、主張の重点を「選挙無効」に移している。

   陳水扁総統再選の決め手となった「人間の鎖デモ」

 前回(2000年3月)の総統選挙では国民党の実力者だった宋楚瑜が無所属で立候補したために国民党支持票が割れて、得票率39.3%の陳水扁が当選し、宋楚瑜は36.83%で2位、国民党の連戦は23.1%で3位だった。連・宋の得票率を合わせると59.9%になり、陳を20%も上回っている。前回は連よりもはるかに得票率の高かった宋が副総統候補に甘んじて連と組んだのは、今回負けたら2度と勝つチャンスはないと考えて必勝を期したからである。この大差を克服して陳・呂が勝ったのは、この4年間に台湾の大衆の間で台湾人意識が大変高まったからだ。日本の敗戦後、日本に代わって台湾を支配するようになった中国国民党は、徹底的な台湾人の中国人化教育を行った。半世紀にわたる中国化教育の結果、自分を中国人だと考える台湾人が多くなったのである。しかし、民主化で言論出版が自由になり、「自分は中国人ではなく台湾人だ」と考える人びとが増えてきた。

 民進党は台湾独立を綱領に掲げているが、前回の総統選挙ではそれを全面に押し出さず、中国との統一でもなく台湾独立でもない「中間路線」を掲げて戦った。台湾の独立をはかれば中国が攻めてくると恐れている人びとが多く、現状維持を求めていたからである。しかし、それでも39%しか得票できなかった。連・宋陣営は「一つの中国」論に立って「統一」を掲げているが、「統一」は将来のことで当面は現状を維持すると主張した。これではどちらも「現状維持」で、双方の争点がぼけてしまったのである。そうなると、組織と資金力で勝る連・宋の優位は動かない。

 そこで民進党は、次第に独立路線を鮮明にした。2002年に陳総統は、「一辺一国」論(台湾と中国は別の国)を打ち出した。2003年9月6日、台北市で「台湾正名」運動デモが行われた。台湾を中国の一部としている中華民国の虚名を放棄して、国名を台湾に正すことを要求するデモである。10万人を目標としたこのデモに15万人を超える人びとが参加した。このデモで民意の変化を察知した陳総統は、同月28日、2006年に新憲法を制定するという新政策を打ち出した。中華民国の虚構を放棄して台湾憲法に基づく台湾国を創建することが台湾独立運動の目的だから、これは完全に台湾独立路線である。これによって、今回の総統選挙の争点が「独立か、統一か」であることが明確になった。

 総統選挙の3週間前の2月28日(1947年に国民党軍が3万人以上の台湾人を虐殺した2・28事件の記念日)、中国が「台湾独立の元凶」と非難する李登輝前総統を「呼びかけ人」とし、黄昭堂・台湾独立建国聯盟主席(日本の昭和大学名誉教授)を「総指揮」として行われた「人間の鎖」デモに220万人もの人びとが参加した。彼らは台湾の北端から南端まで台湾の西岸に手をつないで並び、対岸の中国に対して「台湾イエス、中国ノー」と叫んだ。この2・28デモの前までは、どの世論調査でも連・宋が優位だったが、民進党寄りの『台湾日報』が3月1日に発表した支持率調査では連・宋の35.5%に対して陳・呂36.6%、国民党寄りの『中国時報』が3月6日に発表した支持率は連・宋の38.1%に対して陳・呂39.8%と、いずれも支持率が逆転している。この数字からも、陳・呂が銃撃事件の同情票で勝ったのではないことがわかる。

 独立路線を鮮明に打ち出した陳水扁総統の再選で、台湾の人びとの台湾人意識は今後ますます高まり、統一派の勢力は急速に衰退して行くであろう。今年末に立法院選挙が行われるので、その傾向がはっきりと表れるはずである。



 
World United Formosans for Independence(WUFI) Web-sites:
www.wufi.org.tw

email: wufidata@wufi.org.tw