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■海外台独運動の生起 |
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主席:黄昭堂

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日本の敗戦を受けて、連合国最高司令官マッカサーは蒋介石に台湾占領を命じた。50年にわたる日本の植民地支配を受けた台湾人は、中国人を同胞だと誤認、蒋占領軍を解放者と錯覚してこれらを歓迎した。蒋政権の圧政に台湾人は反抗した。1947年2月の228事件である。
これを機に現代台湾独立運動が誕生した。
この運動は1950年代に台湾共和国臨時政府の樹立という形で注目を引いたが、1960年代に入って世界各地に散在する台湾人留学生が独立運動の主力となった。
1956年に米国の台湾人留学生が「台湾人のための自由台湾委員会(略称3F)」を結成した。1958年に「台湾独立聯盟(略称UFI)」と改称、一時中断したあと、1965年のマジソン会議を経て1966年に「全米台湾独立聯盟(略称UFAI)」として再スタートした。
日本では1960年に台湾青年社が結成され、1963年に台湾青年会と改称、1965年に台湾青年独立聯盟と改称した。
カナダでは1964年に台湾人権擁護委員会が成立、人権の側面から独立運動が進められた。
ヨーロッパにおいては1967年に「全欧台湾独立聯盟」が結成された。
これらの組織はいずれも台湾人留学生を中心に結成されたものであり、かれらは雑誌やパンフレットの発行、新聞、雑誌への投稿、著作、学者や政治家との接触、国際機関や各国政府機関へのアピールの形で独立運動を展開した。 |
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■台湾独立建国聯盟の成立 |
1970年に正月を期して前記の全米台湾独立聯盟、台湾青年独立聯盟、カナダ台湾人権擁護委員会、全欧台湾独立聯盟は、台湾島内で活動している台湾自由聯盟は大同団結して「台湾独立聯盟」(World United Formosans for Independence略称WUFI)を結成、総本部を米国に置き、上記の各団体はそれぞれ米国本部、日本本部、カナダ本部、ヨーロッパ本部、台湾本部に組織替えした。本部制にしたのは、各組織の各居住国での活動の方便を保つためである。
1976年にブラジルに「南米本部」が設けられ、6本部体制になった。
1987年に名称を台湾独立建国聯盟に改称したが、略称は台独聯盟のまま、英文名称とその略称もそのままである。
台湾内部では自由化が進み、1991年から聯盟幹部の台湾帰還強行突破作戦がとられ、台湾内外の同志の連携プレーが效を奏し、1992年に海外独立運動者の台湾帰還が完全に可能になった。
台湾独立建国聯盟の総本部は1991年に台北市に移転され、従来の台湾本部と合体して、直属本部と改称され、全世界の他の5本部を統轄して、台湾独立運動を展開している。
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