| 台湾の民主制の確立には台湾国憲法の制定が必要 |
| 宗像隆幸/アジア安保フォーラム幹事 2005年12月16日 |
台湾の皆様が半世紀にわたり、血と汗を流して白色テロ政権と闘い、自由と民主制(democracy)を勝ち取られた事に最大の敬意を表します。しかも、暴力革命ではなく、「静かなる革命」によって自由な社会を実現されたのはまことに素晴らしい事です。しかし、民主制を確立して定着させるには大変な努力が必要です。 日本の最初の民主制は、挫折しました。日本が明治維新を成し遂げた19世紀後半は、西ヨーロッパで近代民主主義が花を開いていた時代です。国家の独立を守り、先進国に追いつくために明治維新を成し遂げた日本が、西欧の民主制を目標としたのは当然です。明治維新から21年後の1889年、西欧の立憲君主制を範とする大日本帝国憲法が公布されました。1831年に制定されたベルギー憲法は、「王様は君臨すれども統治せず」の立憲君主制に基づく民主的な憲法であり、現在も用いられています。大日本帝国憲法は、ベルギー憲法によく似ていることを見ても、民主的な憲法であった事がわかります。「大正デモクラシー」と言われるように、大正時代(1912〜1926年)には、日本の民主主義は最盛期を迎えました。しかし、大正末期から、ロシア革命の影響を受けて、ヨーロッパと同じように、日本でも左翼の勢力が強くなり、それに対抗して右翼が台頭し、民主勢力は左翼と右翼に挟撃されて次第に後退しました。その結果、まだ民主制の歴史の浅いイタリアとドイツではファシストとナチスが政権を握り、政権を奪取するほどの強力な右翼が存在しなかった日本では軍部が政治の実権を握るようになりました。しかし、敗戦の結果、軍隊は解散され、米国による占領時代を経て、1952年に独立を回復して以来、日本の民主制も完全に復活しました。しかし、まだ日本の民主制は完成したとは言えません。米軍の占領下において米国から与えられた日本国憲法を用いているからです。 いろいろな国の歴史や伝統の違いによって、様々なタイプの民主制が存在します。しかし、どのような民主制であろうと、自分たちで自分たち自身を統治することが、民主制の基本原則である事は変りません。すなわち、民主制とは、自分たちが直接に制定した法か、自分たちが選出した代表によって制定された法に従う制度なのです。アテネ人のソクラテスが、「悪法も法である」と言って死刑判決を甘受したのは、それがアテネ国民によって制定された法だったからです。例えどんなに立派な憲法であろうと、自分たちが制定したものでない憲法を用いている間は、民主制は法的に未完成なのです。現在の日本国憲法は、日本を再び強力にさせてはならないと考えたアメリカが作ったものです。その後、米国の考え方は変りましたが、ソ連や中国のような社会主義体制を理想と考えた日本の左翼勢力が、日本を弱体なままにしておくために、新憲法の制定に反対してきました。しかし、ソ連崩壊後、日本の左翼勢力は急速に凋落したので、現在の日本では新憲法制定の気運が非常に高まっています。このようなお話をしたのは、憲法制定問題について、台湾と日本に共通する点があるからです。 日本が連合国に対する降伏文書に調印した1945年9月2日、マッカーサー連合国最高司令官は一般命令第1号を発令しました。この命令によって、アジア各地に展開していた日本軍は降伏すべき相手を指定されたのです。例えば、満洲や北朝鮮などにいた日本軍は「ソヴィエト極東軍最高司令官に降伏すべし」と、この命令書に書かれています。また、日本本土や南朝鮮、フィリピンなどにいた日本軍は、「合衆国太平洋陸軍最高司令官に降伏すべし」と書かれています。これは、連合国最高司令官としてのマッカーサー元帥が、日本軍に対して合衆国太平洋陸軍最高司令官である自分に降伏せよと命じたものです。そして、満洲を除く支邦、台湾および北緯16度以北のフランス領インドシナにいた日本軍は「蒋介石総帥に降伏すべし」と書かれています。ソヴィエト軍や米軍や中国国民党軍などは、日本軍の降伏を受け入れるために指定された地域を占領したのであって、満洲がソ連の領土になったわけではなく、日本が米国領になったのでもなく、もともと中華民国の領土ではなかった台湾と北部インドシナが中華民国の領土になったわけでもありません。これらは、あくまでも一時的な軍事占領です。日本軍が降伏しても、国際法上は休戦であって戦争が終ったわけではありませんので、日本との平和条約が締結されて法的に戦争が終結するまで、それらの軍隊が指定された地域を占領することを認められたのです。 占領地域に戦勝者が自分たちに都合のよい憲法を強制することは、国際法では認められておりません。そこでアメリカの場合は、自分たちが作った憲法草案を日本が作った事にして、日本の帝国議会に承認させることで、合法性を装ったのです。ところが蒋介石の場合は、中国憲法を台湾に強制しました。日本国憲法は日本に適用するために作られたものですが、蒋介石のやり方は、合衆国憲法を日本に強制したようなものです。もちろん、このようなやり方が国際法で認められるわけはありません。サンフランシスコ平和条約で日本は台湾を放棄しましたが、台湾がどの国に帰属するか一切決められなかったので、台湾の法的地位は未定です。中華民国憲法を台湾に適用する事は、現在も国際法違反なのです。 それでは、台湾の法的地位はどのようにして決定すれば良いのでしょうか。人民自決の原則は、国連憲章にも明記されておりますが、1960年の国連総会が採択した植民地独立付与宣言には、「すべての人民は自決の権利を有し、この権利によって、その政治的地位を自由に決定し、社会的および文化的発展を自由に追求する」と書かれています。日本の植民地だった台湾の法的地位を決定する権利は、台湾人民だけが持つ権利なのです。植民地独立付与宣言のこの条文は、1966年の国連総会が採択した国際人権規約の第一条に、「人民自決の権利」としてそっくり採用されました。人民の自決権は最も基本的な人権である事を確認したわけです。 台湾の人々が台湾国憲法を制定すれば、台湾の民主制を法的に確立できるだけでなく、同時に台湾の法的地位も決定できるのです。 詳しい事は、パンフレット『台湾憲法を制定すれば、主権国家と民主主義を確立できる。それによって、台湾は国際社会にも参入できる』と『存亡の危機に瀕した台湾──米国は台湾に対する政策を転換すべきだ(上)、(下)』に書きましたので、それをお読み頂ければ幸いです。 「米軍のトランスフォーメーションとアジア安保体制」国際講演会 |
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