| わたし達の青春は勇敢な歌 |
| 許千恵(台湾) 2002年8月3日 原載 台湾青年 第500号 停刊記念号 2002年6月5日発行 |
深紅色の『台湾青年』創刊号が、留学先の国際基督教大学に送られてきたのは一九六〇年の初春のころでした。当時日本の学生たちが戦後の日本を憂い、新しい日本の建設にどうかかわろうかと考えているのを傍らで見ていたわたしは、「ああ、留学生の中にも台湾の前途を心配している人たちが居る」と、嬉しかったことを覚えています。それから四十二年、「曲がりくねった、地図さえない道」を歩いてきた皆様に感謝を述べたいと思います。 発刊の言葉に「この雑誌の名称は一九二〇年、台湾人の自由と幸福を願って東京にいた林呈禄、謝春木、劉明朝、黄呈聡、黄朝琴等が発行し、編集したのと同じである。かれらは雑誌を発行することだけに満足せず、新民会や啓蒙会を組織して、街頭での宣伝工作に乗り出し、あまつさえ帝国議会へデモをかけた。かれらの発揮した敢闘精神、なめた辛酸の数々をしのぶとき、わたしたちは血わき肉おどるのを覚える。〓〓今にして思えば、成算なき絶望的なたたかいを十数年の長きにわたってたたかってきた。」と、あります。十数年が四十数年、そのほか数カ所名詞を変えれば、まったく同じ文章を五百期を最後に休刊に入る『台湾青年』誌に贈ることができます。 創刊号の第一篇は、耕英のペンネームを使った廖春栄氏が書いた「台湾農業に関する―分析」、王育徳先生は本名で「台湾語講座」、林海水のペンネームで「匪寇列伝――朱一貴」の両文、「キプロスとセイロン」は苟不教というペンネームを使って黄昭堂氏が書いています。間もなく編集陣営に許世楷(十心、高見信)、鄭飛龍、周英明(孫明海)、金美齢、宗像隆幸(宋重陽)、戴天昭などの諸氏が加わり、新生国家台湾共和国を建設するという目標がだんだんと明らかになってきました。 第五号の社説で国連の中国の代表権問題にふれ、「中国の国連加盟は時間の問題であり、それはまさに台湾独立の好機である」と呼びかけています。『台湾青年』誌が台湾独立の理論をうちたて担ってきたことがよく分かります。 王育徳先生の「台湾語講座」、黄昭堂氏の「台湾民主国論」、許世楷の「台湾帰属未定論」、「台湾民族論」、廖春栄氏の「経済面から見た台湾の人口問題」、周英明氏の小説「鳥水溝」などは、問題を提起し、深く掘り下げています。第一期から五百期にいたるこの雑誌には、以上の人々に加わえ、羅福全、侯榮邦、張国興、連根藤、呉進義、黄文雄、張良澤氏達、異国にいて故国に思いを馳せる人たちが、自由な環境の中で書きつづけた政治、経済、農業、文学、語学、歴史を包括している論文があり、台湾学の理論的基礎をつくりあげました。亡くなった林啓旭氏が精魂を込めて書き上げた「二二八事件研究」が、二二八を研究するものにとって無くてはならない資料であるのと同じようにです。さらに得がたいのは、四十数年の独立運動の歩みがあますところ無く書き残されていることです。 このなかにあって、宗像隆幸氏は日本人でありながら『台湾青年』に連なる仲間として労苦を、悲しみを、そして生死をともにしてくれました。いや、時にはパスポートを取り上げられたみんなに代わって、もっとも危ない橋を渡ってくれました。「ねぇ、人生の全部を独立運動に注ぎ込んでよかったと思う?」と、申し訳無い思いを込めて聞いたとき、「うん。独立運動無き人生なんて考えられないよ。よかった、よかった。」と、鷹揚に答えてくれました。行動をともにしてくれた小林正成氏、しかりです。 爽やかな日本の方々を同志にすることができて本当に幸せだと思います。 『台湾青年』誌がどれほど大きな役割を担ってきたかは、世界に散らばる留学生をひとつにまとめ、独立の激流を島内に注ぎ込んだことからも分かると思います。アメリカ、続いてカナダ、西ドイツ、フランス、さらに遠くブラジルにまで独立の火花を飛び火させたのですから。一九六二年六月に季刊の『Formosan Quarterly』続いて隔月刊の『Independent Formosa 』一九六七年に日文誌『台湾』を東京で、一九七二年に『台独」誌を米国で出して読者層の拡大を図ってきました。手元にある四百九十八冊をひも解くと驚きを禁じえません。理論だけでなく、なんと多くのことにかかわってきたのでしょう。島内ではできなかった毎年の二二八記念集会、政治犯救援、元日本兵補償問題、長老教会国是声明支援、美麗島事件キャンペーン、戒厳令撤廃運動「一脚歩一脚印」(一足ごとに一痕跡)といいますが、遠く長い道のりを経て、幻でしかなかった台湾独立、新生台湾共和国の誕生はもう目の前です。 足早に『台湾青年』を駆け抜けていった王育徳、呉枝鐘、張春興、林啓旭、李元琳諸同志を思い出します。いのちをふきこまれていないものは風化し、忘却の淵に沈んでいくといいますが、いのちをふきこまれた五百冊の雑誌は台湾の地で枝葉を茂らせるでしょう。流れに抗してこの時代を信念を持って生き、希望を求め、愛を与えつづけてきた永遠の青年達に、李坤成作詞の“天光”(朝がくる)という歌の一節を贈りたいと思います。 わたし達の青春は勇敢な歌。 わたし達の名前はこの土地の上に刻まれている。 空はだんだんと明るくなり 愛はゆっくりと広がっていく。 暖かな土地 わたし達は決してさびしくは無い。 |
台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence
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