| 安全保障における海軍の役割 |
| 福地建夫 |
この度、国際文化基金会の第一回の講演会にお招きを頂き、各界で御活躍されている皆様にお話をさせて頂きますことは、私にとりまして誠に光栄であり、このような機会を与えて頂きました楊基銓理事長をはじめ関係の諸先生に厚く御礼を申し上げます。また、当基金会が台湾と日本の連帯強化のための掛け橋として広く積極的に活動されていることに対し、心からの敬意と感謝を表する次第です。 さて、本日の講演会のメインテーマは「台湾の安全保障」でありますが、誠に時宣にかなったものと思います。冷戦後の国際社会の中で最もダイナミックに変化し経済成長の著しいアジア太平洋地域でありますが、反面抱えている不安定要因や各国が協力して解決しなければならない課題も多くあるといえましょう。二一世紀に向けてアジア太平洋地域が引き続き繁栄を続けてゆくためには、この地域における安全保障が保たれていることが大前提であり、その中でも経済大国でもある「台湾の安全保障」は台湾のみでなく日米をはじめ地域諸国の最重要課題の一つと考えるからであります。 皆様御承知の通り国家安全」保障政策とは、国益を危険から護るため国家の総力、即ち政治外交、経済、軍事、技術、文化といった国の持てるあらゆる力を使って危険を排除し又は危険を安全なレベルにコントロールすることでありますが、国力のうちでも安全保障政策の三本柱といわれる政治外力、経済力、軍事力の配分が重要であります。 私の本日のテーマは、私の経歴から安全保障の軍事力の役割、その中でも海軍力についてお話しするのが適当ではないかと考え、「安全保障における海軍力の役割」について申し述べたいと思います。 安全保障における軍事力の役割は紛争の抑止と紛争が発生した場合、敵を撃破することにありますが、この二つの役割は表裏一体をなすものであります。兵を養うは百年の計といわれますように、国家、国民の国防に対する強い決意と意志のもとに侵攻する敵を撃破する力を平時から常に整備することが、敵をして侵略を諦らめさせる即ち抑止力として機能するのであります。 クラウヅクエツの「戦争論」では、戦争は政治の一手段であると述べられ、国益を拡大するために軍事力を使用することに重きが置かれた時代がありましたが、第一次大戦、第二次大戦そして冷戦という人類の過酷な経験により今日では軍事力の本来的役割が紛争の抑止に移りつつあると言えましょう。湾岸戦争のように他国の主権を侵害し国際社会の秩序を乱す行為に対しては、多国籍軍を編成し早期に解決を図る方法がとられました。また、PKO、PKFといった国際連合の組織が紛争の抑止のために活動する時代にもなっております。 最近アジア太平洋地域においても、国際的な安全保障体制の構築が盛んに論ぜんられるようになっておりますが、その実現の前提となるものは個々の安全保障体制がきちんと整備されていることが必要であり、その上に立って他国の安全保障をも念頭に置き、地域全体の安全保障の確立に努力することになるのではないかと思います。 シーレーンの安全確保のための国家間の努力などがその好例ではないでしょうか。経済活動が全地球的規模に発展し、各国が使用するシーレーンもそれに伴い広大なものとなり、今や一国の力では防衛出来ない時代となっており海軍間の協力が求められております。先日も東京で「日本世界戦略フォーラム」主催による「アジア太平洋シーレーン研究国際会議」が開催されました。この研究会議は一九八二年に日本、米国、台湾及び韓国の関係者によって始められ、今年が第十一回目となるもので、今回は十七の国、地域から約四十名の関係者が集まりシーレーンの安全を確保するために必要な相互の協力について理解を深め、将来の方向を見出すため熱心な討論が二日間にわたって行われました。勿論台湾からもKo Tun-Hwa退役海軍中将(国際Chengchi大学副校長)以下五名の研究者が参加されました。 アジア太平洋地域のシーレーンが安定的に使用されることは同地域にある諸国の共通の国益であり、不安定要因を排除する協力が必要でありますが、その沿岸国が先ず責任を持って紛争を抑止する努力が不可欠であります。 日本も台湾も四面を海に囲まれ、周辺海域の総てが国民生活にとってバイタルな活動の場であり、侵略を企図する敵の脅威も必ず海を経由することから海上防衛が国防の第一線と申せましょう。また貿易によって国民生活が維持され、その生命線といえる海上交通路即ちシーレーンの防衛は国家安全保障上極めて重要であり、その任務を担う主役も海軍であります。 台湾は多くの諸島から成り立っていますが東は太平洋、西には台湾海峡を挟んで中国大陸が存在しています。日本の場合は台湾海峡の代わりに日本海、東支那海がありますが、台湾の海上防衛の作戦環境と日本のそれとは極めて類似しているといえましょう。 そこで皆様の台湾の海上防衛に関する御考察の参考として、日本の海上防衛について少し御紹介したいと思います。 日本の防衛は御承知の通り、日米安全保障条約の基に米国と共同して実施することになっておりますが、日本防衛のための共同作戦の主役は海軍であります。即ち海上自衛隊と第七艦隊を中心とする米海軍であります。憲法上の制約により海上自衛隊の実施する作戦は防勢的なものに限られており、敵の基地を攻撃するといった攻勢的な作戦は米海軍に期待しています。海上自衛隊の主要兵力は護衛艦約五十隻、潜水艦十六隻、作戦航空機約一七〇機でありますが、その装備は防勢作戦を遂行するものであります。即ち海上自衛隊が実施する作戦は敵の着上陸を洋上で阻止する沿岸防備の作戦、シーレーンを防衛する海上交通保護のための作戦、そして米海軍、特に米機動部隊が活動する作戦海域を確保するための作戦の三つが主要なものであります。最初の沿岸防備の作戦では、敵を洋上で撃破するためには、我国の沿岸海域の航空優勢をいかに永く確保するかにかかっており航空自衛隊の防空システムに期待するところが大であり、航空自衛隊との緊密な情報交換が不可欠であります。ちなみに航空自衛隊の防空兵力は八個の航空警戒管制部隊と作戦用航空機約四百機、及び六個高射群からなっております。 海上交通確保のための作戦は内航航路、外航航路の船舶の安全を確保しなければなりませんが、主要な脅威は潜水艦と機雷であり対潜能力と掃海能力の充実を図る必要があります。特に広大なシーレーンの防衛を行うため哨戒航空機の運用は極めて重要であり、海上自衛隊はP3C対潜哨戒機を一〇〇機保有しております。 本日、特に「台湾の海上防衛」に参考として頂きたいのは三つの作戦である米機動部隊の作戦海域の確保であり、少し詳しく述べてみたいと思います。 アジア太平洋地域の安全保障では米国のプレゼンスは引き続き決定的に重要であり、この事はアジア太平洋の国々のコンセンサスとなっており、米国以外の国がこの役割を担うことは望んでいないと思います。 台湾の安全保障に関して、米国は一九七九年の台湾関係法(TRA)により政策の基本を定めており、TRAの二条(b)には以下のようにあります。 「米国の政策は以下のとおりである。:台湾の将来を、不買あるいは通商停止を含む非平和的手段により決定しようとする試みも、西太平洋地域の平和及び安全に対する脅威であるとみなし、右は米国にとって重大な関心事であると考える。:台湾に防衛的性格の武器を与える;台湾の人々の安全、あるいは社会または経済体制を危険にさらすいかなる武力行使力、または他の形による強制にも抵抗する能力を維持する」 昨年三月の総統選挙時に中国がミサイル演習を実施した際にも、この基本政策にのっとり米国はいち早く空母機動部隊を台湾周辺海域に派遣し、地域の安定を図るための姿勢を示しました。米国がアジア太平洋地域の安全保障のためにそのプレゼンスを示す主役は機動性、柔軟性を有する海軍、特に七艦隊を中心とする機動部隊であります。 日本防衛のためにも先に申し述べましたように米機動部隊に敵の基地を攻撃する等の攻勢的な作戦を期待しております。そのためには米空母機動部隊が敵の基地を攻撃できる作戦海域まで安全に到達することが必要であります。この作戦海域は我が方の航空優勢と制海を確保しておく必要があり、それは日本の防衛力で実施することになります。即ち航空優勢は航空自衛隊が、制海は海上自衛隊が担うわけであります。 米空母機動部隊の最大の脅威は潜水艦であり、米部隊が進出する海域の対潜掃討を十分に行う必要があります。又、作戦海域へ侵入しようとする敵潜水艦を阻止する作戦も行います。海上自衛隊の装備が対潜戦に重点が置かれている理由もこの辺にあるわけであります。 日米共同作戦を円滑に実施するためには日米間のC4I即ち指揮、統制、通信を円滑に実施し、情報交換をコンピュータを使用し、適時適切に行う必要があります。米軍は湾岸戦争の体験等を通じこの分野の進歩は目をみはるものがあり、この分野の改革の成否が将来の戦争の勝敗を左右するといっても過言ではないと思います。 以上「台湾の海上防衛」における作戦環境が極めて類似している「日本の海上防衛」即ち海上自衛隊の実施する作戦の概要を御紹介致しましたが、台湾海軍も成功級、康定級といった最新の国産艦の就役ををはじめラファイエット級フリーゲートの導入等装備の近代化を図られ、海上自衛隊が実施する作戦機能とほぼ同等の機能をもって台湾周辺の制海の確保に努めておられますが、台湾海軍が今後より充実を図られる分野を申し上げれば米海軍、特に機動部隊との作戦能力についてであります。 台湾の防衛上、米機動部隊が台湾周辺海域で安全に作戦するに必要な作戦環境を作り上げてゆくことが極めて重要であります。即ちそれは台湾周辺の航空優勢と制海の確保と申せますが、その中でも重要なのが対潜能力であります。対潜水艦戦は、潜水艦の行動海域の環境、即ち海の深さ、海水の温度分布、潮流、海底状況等に大きく左右されます。それ故に常に長期にわたって対潜データを収集し分析し、最適な対潜作戦を導き出す必要がありますが、それは沿岸国でなければ実施出来ないものであります。 先にも申し述べたとおり、米機動部隊にとっては潜水艦が最大の脅威であることを考えますと、台湾海軍にとって広い意味での質の高い対潜能力を維持することが重要であり、対潜データを蓄積し、友軍に配布することが必要なことと思われます。 戦術ミサイルの発達による防空システム能力の向上や米国との共同に必要なC4Iの整備については日本の防衛にとっても最大の課題であり、台湾の防衛にとっても重要な事項であると思いますが、本日は時間的な制約もあり、詳細について述べることは省略させて頂きます。 皆様御承知のとおり日米安全保障条約に基づく新しい日米防衛協力のための指針が先般日米政府間で合意されましたが、協力事項の多くは海軍に関するものであります。海上自衛隊が実施する協力事項は警戒監視による情報提供、米艦船への物資、燃料の海上輸送、日本領海、公海での機雷除去、捜索、救難等でありますが、いずれも日本の防衛及び周辺海域の安定のため、米機動部隊を中心とする米海軍の作戦を支援することが目的であり、日米両国において安全保障における海軍力の役割は極めて大きなものがあると申せましょう。このことは台湾においても同様であると思います。 以上「台湾の安全保障」というテーマの中で海軍の役割について作戦環境が極めて類似している日本の海上防衛を例にして申し述べて参りましたが、少しでも台湾の海上防衛の参考にして頂ければ幸いであります。 台湾の経済力、それを支える科学技術力等はアジア太平洋地域のみならず、世界的に大きな影響力を持っており「台湾の安全保障」は地球的規模の重要課題であります。特に隣国であり経済的にも密接な関係のある日本にとっては直接的に影響のある事項であり、先に申し述べたとおり自国の安全保障を整備し、その上でアジア太平洋地域の安全保障にいかにして寄与していくかを積極的に考えてゆかねばならないと思っております。その意味で日米安全保障体制を堅持し、それを深化させてゆくことが第一義的に日本にとって重要な役割であり、この度の日米間で合意された新ガイドラインの中で日本周辺の有事の際の対応を明確にしたことはその決意表明であると考えます。 以上をもって私の講演を終わりたいと思いますが、拝聴頂きまして有難うございました。皆様の一層の御活躍を御祈念申し挙げますとともに、今後とも日台の連携のためご支援頂けますようお願い致します。 |
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