台湾独立派の論理と心理
2002/08/25
矢島 誠司/産経新聞台北支局長兼論説委員
 

<台湾の統一派の論理と心理>

作者プロフィール:1947年、横浜市生まれ。京都大学文学部卒。産経新聞入社。主に 経済部、外信部を担当。88年、米ジョンズ・ホプキンス大学SAIS校で公共政策学修士 号取得。ブリュッセル特派員、ワシントン特派員、外信部長、東京編集局次長兼経済 部長を経て、99年7月から現職。


台湾への愛情が基本に

ことしの4月28日は、台湾にとって特別な日であった。1952年4月28日、第二次大戦 の終戦処理を決めたサンフランシスコ対日平和条約(講和条約、51年9月8日)が発効 し、台湾が国際法上、日本の領土でなくなってからちょうど50年周年にあたる日だっ たからである。

その日いらい、台湾は中華民国の正式な領土、あるいはその一部となったーとはス ンナリ続けることができないのところにじつは台湾の歴史の複雑さがある。いうまで もなく、その2年半前に、中華民国を支配していた中国国民党政権を台湾に追いやり、 北京で建国を宣言した中国共産党の中華人民共和国は、建国いらい、台湾は中華人民共和国の領土だと主張してきたし、台湾内部でも果たして台湾は中華民国の領土といえるのかどうか議論が別れている。

野党だった民主進歩党(民進党)は、2000年3月の台湾の総統選挙で陳水扁氏が総 統に当選し、中華民国を長年支配してきた中国国民党(国民党)を、台湾の中央選挙では初めて破り、政権の座についた。その陳水扁・民進党政権はいまのところ、公式には、「台湾は主権の独立した国家である。その国名は憲法に従い、中華民国である」 として、中華民国を国号としている。

だから、民進党政権になっても、国民党政権のときと変わらず、台湾は中華民国の 領土であるーというのが、憲法に基づくとりあえずの公式見解のようである。だが、 民進党政権を支える重要な勢力である台湾独立派はそうは考えていない。台湾の主権は、中華民国でも中華人民共和国でもない、台湾人民に属していると考えるのである。

台湾独立派を、中国政府がいうように「頑迷な一部の勢力」と見るのか、あるいは中華人民共和国への統一に反対する7、8割(台湾当局が定期的に行っている世論調査 で、中国がいう「一国二制度」方式での統一に反対する人々の割合)の人々を指すのかは独立派という言葉の定義による。ただ、少なくとも台湾人の多くに、台湾独立派の基本的な心情、すなわち、台湾を愛する気持ちが共有されていることは否定できな い。

それゆえ、「台湾独立派の論理と心理」を知ることは、複雑な台湾問題を読み解く ための必須のカギとなる。台湾の政治、民主化、台湾をめぐる国際情勢の変化、台湾海峡をはさむ両岸の対立、さらには台湾海峡の危機といった問題まで、この台湾独立派の主張と心情を知ることなしに理解することはできない。中国政府も、台湾政策を誤らないためには、この台湾独立派の論理と心理に真正面から向き合う必要がある。

日本で発信される「台湾の声」

台湾独立派の考えや心情、活動状況を日本にいて(あるいは海外でもよいのだが)、 手っ取り早く知るには、日本在住の台湾出身者でつくる「在日台湾同郷会」の林建良会長(栃木県在住の医師)が編集している「台湾の声」というメール・マガジン(多くは日本語、ときに英語、中国語が入る)が便利である。昨年6月22日に創刊されて すでに1350本を超える。投稿者は、主に日本、台湾、米国にいる台湾独立運動家、大学教授、作家、評論家、ジャーナリスト、一般読者などに広がっている。質も総じて高い。参考までにアドレスは、http://www.emaga.com/info/3407.htmlで無料である。 これから読む場合でも、バックナンバーがそろっているので遡って読むことができる。

その「台湾の声」に先日、台湾独立建国連盟の黄昭堂主席(昭和大学名誉教授)の 「『台湾中華民国』の法的地位」と題した小論文があった。黄昭堂氏は、台湾の国際法的地位の問題ではいまや教科書的存在になっている『台湾の法的地位』(東京大学出版会)の著者のひとり=台湾独立派の理論的指導者、彭明敏・元台湾大学教授(総統府資政、総統の上級顧問)との共著=で、この小論文も同著をもとに、分かりやす くまとめたものである。要約すればこうだ。

《台湾はいくつかの理由から、歴史的に中国の固有の領土とはいえない。日本は1951 年9月調印、51年4月発効のサンフランシスコ対日平和条約で台湾の領有権を放棄した が、どの国に返還するかは明記しなかった。中華民国も中華人民共和国もカイロ、ポ ツダム宣言に基づき、台湾は日本から中国に返還されたとするが、戦争処理の平和条 約は戦争中の一方的な宣言よりも上位にあり、その平和条約が台湾の帰属先を明記し ていない以上、 台湾の領土の帰属先は未定というべきだ(地位未定論)。あるいは 「すべての人民は自決の権利を有する」とする1976年発効の「国連国際人権規約」 に基づけば、台湾の領土権 は台湾住民に帰属するといわなければならない。蒋介石の中華民国政権は「占領政権」だ った。台湾は総体として旧体制(中華民国体制) を腐食させつつ台湾の国家主権確立に向かっている》 「占領国家」だった中華民国体制から脱し、台湾人が主(あるじ)となって自分たち の台湾共和国、台湾国を作るーという台湾独立派の論理が、抑制された心情とともに 語られている。

世界に広がる「正名運動」

親日派で知られる楊基銓・総統府国策顧問(国際文化基金会董事長)も先ごろ、その 「台湾の声」に「台湾、そして台湾人」と題する長文のエッセー論文を寄せた。楊氏は、数年前に台湾人の心情と台湾独立の正当性を訴えて書いた小冊子『私は台湾人で あり、中国人ではない』(中国語、日本語、英語)が台湾内外で広く読まれているが、 「台湾の声」の右の論文も台湾独立派の論理と心理を分かりやすく伝えたものだった。 「台湾の声」にはさらに、編集者、林建良・在日台湾同郷会会長らが昨年夏ごろから 日本で始めた「台湾正名(名前を正す)運動」のいきさつや、主張、活動状況なども 詳しく報告されている。

台湾正名運動は、在日台湾人が日本で所持を義務づけられている外国人登録証の国籍欄が「中国」とさせられているのに対し、この措置は台湾人にとっては屈辱的であり、 日本での犯罪が急増している中国人と誤解されることも多い。しかも欧米を初めとする大半の国は、「台湾」と記しているーとして、日本政府に対し、「中国」から「台湾」への「正名」を求めて始めた運動だ。

この「台湾正名運動」はいまや、世界中の独立派台湾出身者の運動に広がり、各国にある台湾の代表処(所)の名称を、現在の「台北経済文化代表処」という分かりにく いものから「台湾代表処」などの分かりやすい名称に変えるといった運動から、台湾人を抑圧したイメージが強い「中華」という言葉をやめ、「台湾」に改称する運動、 果ては、「中華民国」も「台湾を占領した国家」であるから、台湾共和国、台湾国な どの「正しい名前」にしようーという要求にまで発展してきている。

中国や台湾内部の統一派は、これらを許しがたい台湾独立への動き、と捉えているが、 台湾内部で観察していると、こうした動きは、台湾の民主化の進展とともに、もはや 武力や外交圧力などでは止められない歴史の流れになりつつあるように感じる。「台湾人のこうした運動や心情は、台湾に来なければ分からなかった」中国大陸経験が長い、ある外交官の述懐である。台湾は種族的にもイデオロギー的にもきわめて複雑で、 多面的に観察する必要があるのはいうまでもないが、少なくとも台湾独立派の論理と心理を知ることは、台湾問題の理解にとって不可欠だといって過言ではない。

<台湾の統一派の論理と心理>

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