台湾の統一派の論理と心理
2002/09/05
矢島 誠司/産経新聞台北支局長兼論説委員
 

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作者プロフィール:1947年、横浜市生まれ。京都大学文学部卒。産経新聞入社。主に 経済部、外信部を担当。88年、米ジョンズ・ホプキンス大学SAIS校で公共政策学修士 号取得。ブリュッセル特派員、ワシントン特派員、外信部長、東京編集局次長兼経済 部長を経て、99年7月から現職。


前回、このコーナーで、「台湾独立派の論理と心理」と題する一文を書いた。今回は、それとのバランスをとるため、統一派の先頭に立つとされる「新党」の党首へのインタビューを紹介しつつ、「台湾の統一派の論理と心理」に触れてみたい。台湾の統一派とは、いうまでもなく、台湾と中国は一つの中国のもとで統一すべきだ、という意見の人々である。台湾独立派の人たちが、名実ともに独立して自分たちの国家を建設したい、としているのとは対極にある。

統一派は、戦後、蒋介石率いる中国国民党とともに台湾に渡ってきた人々、いわゆる外省人に多い。対する独立派は昔から台湾に住む本省人に多い。

ちなみに本省人、外省人という呼び方は、台湾を中国の一省、台湾省と呼んでいたころの名残の呼称である。台湾省に本籍のある住民を本省人、台湾省の外の省(ということは中国大陸の省)に本籍のある住民を外省人と称した。

しかし台湾省は、李登輝総統時代の一九九八年に段階的廃止が決まり、また、省籍もそれに従って公式のものでなくなったため、公式には本省人、外省人の区別はされず、台湾の人々もいまでは、職場の同僚や級友が果たして本省人なのか外省人なのか分からないでいる人々も少なくない。また、本省人と外省人との結婚も多く、若い世代ではしだいに双方の区別がなくなってきているという現象も出ている。

しかし、台湾の針路や中国との関係など基本的政策が問題になるとき、この本省人対外省人、独立派対統一派の争いは、たちまちにして表面化し、その対立がいかに根深いものであるかを表す。台湾で激しい論争を引き起こす問題の背後には、必ずといってよいほど、この対立がある。それゆえ、台湾理解のためには、この双方の対立問題への理解が欠かせない。もちろん、人間社会はどこも極めて複雑で、台湾問題をこの対立図式ですべて説明することはできないが、基本的な対立図式としての重要性は厳然と残る。しかも、独立派と統一派の路線、思想、感情の対立は、日本国内の保守・革新の対立の比ではない。いわば、人間存在のあり方をめぐる根源的な争いのようにすら見える。

台湾の人たち、とりわけ年配の台湾人たちは、外省人に対する恨みや不信感が強い。それは、戦争が終わり、日本人が引き揚げて、やっと日本の植民地から開放されると思ったのに、中国大陸からやってきた国民党とそれが支配する中華民国の体制は、日本統治時代よりはるかにひどい圧政で、多くの台湾人が大陸人に殺された、という戦後の苦難の歴史を背景にしている。

本省人たちは、いまようやく本省人が台湾を統治する時代を迎えたのに、ここで外省人たち、統一派の復権を許せば、台湾が中国に売られるか、絶対多数の台湾人が再び少数派の外省人に支配される時代が来ると恐れている。

現在、公式の統計はないが、外省人の割合は、台湾全体で十数%と推計されている。ということは、八割以上は昔からの台湾人、つまり本省人である。ただ、外省人が多く住む首都の台北市に限っては、三十数%に上ると見られている。台北市長選挙では外省人が強いといわれるゆえんでもある。

李登輝前総統は、一九九八年末の台北市長選挙のおり、「本省人も外省人もない。台湾の米を食べ、台湾の水を飲んできたものはみな新台湾人だ」といい、出身のいかんを問わず、台湾に住むものははみな台湾人だとして、台湾人の団結を呼びかけたが、本省人と外省人の対立はなかなか解消しない。それどころか、統一派の人たちは、李登輝氏を「省籍対立を煽る張本人、台湾独立派の元凶」などと呼んで非難し続けている。

統一派の論理と心理を知るために、統一派の先頭に立つとされる新党の郁慕明・主席(党首)を党本部に訪ねた。

《郁主席は医学部教授、国民党立法委員などを経て新党創立に加わり、今春の党規約改正で、主席と改称された党首に就任した。六十二歳。上海市出身》

《新党は一九九三年、当時の執政党、中国国民党から分離独立して結成された。純粋な国民党思想の継承を主張し、台湾化路線を進める当時の李登輝・国民党主席に反対した。おもに外省人、統一派の支持を受け、二年後の九五年の立法院選挙では得票率一二・八%、二十一人もの当選者を出したが、その後低落の一途をたどり、昨年末の立法院選挙では、票が宋楚瑜氏の親民党に流れるなどして、ついに当選者一人となり、得票率も二・六一%と政党補助金の取得資格である五%を割った。しかし、なお統一派の前衛的役割は維持している》

―新党の理念は..........

「新党は中国人、中華民族の政党という位置付けをしている。台湾人に本省人、外省人の区別はない。みな中国人だ。一つの中国の家族だ。私の息子の嫁は日本人で、孫たちは京都の祖父母のところに行くのを楽しみにしている。日本人にとっても本省人、外省人の区別はないでしょう。本省人、外省人の区別をするのは、一部の独立派政治家たちだけだ。彼らは区別をすることで選挙を有利にしようとしている。新党はまた、金権政治とは一切かかわらず、あくまでクリーンな政党であり続ける」

―かつて反共を掲げ、中国共産党と戦った国民党の正統を自認する新党がいま、最も中国共産党に近いというのは不思議だ。それに中国がいう「一国二制度」による統一を、台湾人の多くの反対にもかかわらず受け入れるとしているのも理解しにくい。

「確かに中国はいま、新党に対して最も友好的だ。それはわれわれが理念をあいまいにせず、明確にしているからだ。しかし、新党が中国共産党に傾斜しているというのは誤解だ。われわれはあくまで中華民国の国父・孫文先生の民主、平等、均富の三民主義を守る。蒋介石、蒋経国総統が主張した中華民国の主張を守る。しかし、中国共産党も徐々に変わってきている。計画経済から社会主義市場経済に移行したのもそのよい例だ。われわれも調整し、共産党も徐々に三民主義に近づけば、自然と統一ができる。われわれがいう統一とは将来の統一だ。一国二制度とは、社会主義と三民主義の共存だ。つまりは現状維持を続けるのと同じこと(で、反対する理由はない)」

―本省人には戦後、外省人に主要な支配機構を握られて支配され、また弾圧されたという思いがある。一九四七年の「二二八事件」で、多くの台湾人が国民党軍に殺された。

「戦後、日本人が引き揚げたあと、台湾には公務員、教員、軍人などに空白ができた。台湾にはそうした人材が少なかった。そこで、大陸から来た人たちがその空白を埋めた。私の中学のときの先生は北京大学の教授だった人だ。彼ら外省人の努力がなければ台湾の今の繁栄、教育水準はない。二二八事件は蒋介石が台湾に来る前の混乱期に起きた不幸な事件だったが、犠牲者が三万というのは誇張だ。同事件の遺族による補償請求の登録者数は八百人台しかいない」(筆者注、二二八事件記念基金会によると、五月末時点の補償請求件数は二千三百十五件、研究者の多くは犠牲者は二、三万人としている)

インタビューはより詳細に及んだのだが、要旨は以上のようなものだ。台湾独立派の人たちは、「われわれは台湾人であって、中国人ではない」という。郁主席は「われわれはみな中国人だ」という。そこには越えがたい国家、文化、民族アイデンティティーの相違があり、歩みよりは極めて困難と思わざるを得なかった。

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