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台湾独立運動の闘いは今後も続く
その理論的武器は『台湾青年』五百冊に蓄積されている
宗像 隆幸/筆名・宋重陽 『台湾青年』編集長  2002年11月13日

原載 台湾青年 第500号 停刊記念号 2002年6月5日発行


『台湾青年』が創刊されてから四十二年、私が編集に携わるようになってから四十一年になる。振り返ってみると、アッという間の出来事のように思え、「人生夢の如し」を実感している。

ほんのちょっとしたことが、人間の生き方を決定することがある。一人の台湾人留学生(許世楷)と友達になったことが、私の人生を決定した。これを幸運だった、と私は思っている。人生を賭ける価値のある生き方ができたし、数多くのすばらしい仲間や友人、知己に出会えたからである。

今もそうであるが、若い頃から私は、自由を人間にとっての最高価値と信じ、自由のために超大国ペルシアとさえ戦った古代ギリシア人の思想や生き方に深く共感していた。だから、国民党独裁政権と闘うために台湾青年社が結成されて、その手伝いを頼まれたとき、私は喜んでこの革命に身を投じた。

革命は、ドンパチやることとは限らない。武力で一つの政権を倒して新しい政権が樹立されたとしても、基本的な社会体制が変わらなければ、それは単なる政権交代であって、革命ではない。あらゆる体制は、一定の思想や理念と結びついている。従って、ほとんどの革命は、思想や理念の闘いから始まる。

国民党独裁体制は、中国の伝統文化を最高価値とする中華思想の下で、「台湾は中国の一部であり、台湾人も中国人である」という理念を掲げ、この思想と理念の下で、少数派のいわゆる「外省人」が多数派の台湾人を恐怖政治(白色テロ)で支配することを正当化していた。われわれは、これを中華民国体制と名付けた。

それに対して、われわれは、自由主義を基本思想とし、「台湾人は中国人ではなく、台湾は中国の一部ではない。台湾人は自由を獲得するために、自らの独立国家を建設する権利を持っている」という理念を掲げた。古代ギリシア時代と同じように、今日でも自由を守るための体制はデモクラシー(民主制)である。従って、われわれの目的は、中華民国体制を倒して、台湾にデモクラシーを確立することなのだ。

台湾独立建国聯盟の闘いは、このような思想を理念の闘いから始まった。いや、それが闘いの大部分であった、と言ってもよい。台湾では台湾人が圧倒的多数派なのだから、台湾人の多くがわれわれの思想と理念に共鳴すれば、勝利は確実だからである。

もちろん、抽象的な理論だけでは、このような思想と理念の闘いに勝利を収めることはできない。政治、経済、歴史、文化、哲学、社会学、国際法など、あらゆる分野の思想や知識を動員しての理論闘争である。中華民国体制を倒してデモクラシーを確立することが、政治的にも経済的にも台湾人の利益になり、台湾人が幸福になる唯一の道であることを、台湾人自身に理解させるための理論闘争なのだ。

しかし、思想や理念の理論闘争が有利に展開したとしても、それを実際の活動に結びつける戦略が正しくなければ、革命は失敗に終るであろう。なにしろ、毛沢東やフィデル・カストロ、南ヴェトナム解放戦線などのゲリラ戦が称讃され、アルジェリアの民族解放戦線(FLN)のテロ「アルジェの戦い」などが喧伝された時代である。世界各地に散在する台湾独立運動のグループの中には、ゲリラやテロを唱える人達も少なくなかった。しかし、ゲリラや政治テロの歴史を研究してみると、政治的にも社会的にも、あるいは地政学的にも、台湾にはゲリラが存続し得る条件は存在せず、テロは逆効果しか生まないことが明らかだった。

このような戦略問題について、誌上で自由に意見を交換し、次第にコンセンサスを得て行くことは、革命の機関誌の独壇場である。

私にとって一番役に立ったのは、ロシア革命の研究である。私がロシア革命を研究するきっかけになったのは、一九八〇年九月にポーランドで自主独立の労働組合「連帯」(ソリダルノスチ)が誕生したことだった。それを見て私は、これは第一次ロシア革命(一九〇五年)で生まれたソビエト(労働者代表会議)の再現であり、ソビエト帝国崩壊の始まりを意味するものではないか、と思ったのである。そこで『台湾青年』第二四五号(一九八一年三月)に、「ソ連支配体制の根幹を揺がすポーランド革命――ポーランドに現れた“連帯”という名の“ソビエト”はソビエト帝国を崩壊の危機に立たせている」と題する小論を書いた。そして、本格的にロシア革命を研究する必要があると思ったのは、中国共産党はコミンテルン(ソ連共産党の外郭団体)の中国支部として発足したのであり、中国国民党を支援して中国で政権を取らせたのもソ連共産党だったからでもある。

私は、「ロシア革命の神話」と題する研究論文を、『台湾青年』二四七号(一九八一年五月号)から二八三号(一九八四年五月)まで三十回にわたって発表した(これは後に『ロシア革命の神話――なぜ全体主義体制が生まれたか』と題して自由社から刊行)。その中で私は、ソビエト帝国は崩壊過程に入っていると結論づけた。実際にソビエト帝国は一九九一年十二月に崩壊した。

ソビエト帝国の成立過程を研究し、その崩壊過程を実際に見つめていたので、この頃にはすでに中華民国体制も崩壊過程に入っていることをよく理解できた。

中華民国体制とデモクラシーは絶対に相入れない体制だから、台湾の民主化が進展すれば、中華民国体制の崩壊は必然であった。しかし、中華民国体制の政治構造は崩壊したが、今でも中華民国の地図に中国大陸が含まれていることからも明らかなように、虚構の領土主権は蒋介石時代と変わっておらず、国名も中華民国のままである。だが、この二つを改めない限り、世界の他の国ぐにと対等な独立国家として台湾が国際社会に参入できないことは明白なのだから、「正名」運動の推進などによって、この問題は遠からず解決されるであろう。

台湾が国際社会で承認される完全な主権独立国家になったとしても、台湾社会のすみずみにまで浸透している中華民国体制の残滓が自動的に払拭されるわけではない。台湾独立の思想と中華思想の闘いは、今後も長期にわたって続けられることになろう。

『王育徳全集』全十五巻が、台北の前衛出版社から刊行された。未発表の「王育徳自伝」や王先生の専門だった台湾語の専門書なども含まれているが、すべて日文から中文に翻訳されたものである。全集の半分ほどは『台湾青年』に掲載されたものであるが、台湾ナショナリズムを掲げて、中華思想、大中国主義と闘い続けた王先生の論文は、今後も台湾独立派の思想闘争や理論闘争に大いに役立つはずだ。

五百冊の『台湾青年』は、そのような理論的武器の宝庫なのである。これらの武器が、さらなる台湾の民主化に反対する勢力や「統一派」との闘いで、大いに活用されることを期待している。

今回、多くの読者から、めまぐるしく変化する台湾情勢や台湾人の声を正しく伝える情報誌として、本誌の停刊を惜しむ声が寄せられた。そのような情報誌の重要性は、私も十分認識しているつもりである。しかし、情報誌という面から見ると、台湾独立建国聯盟の機関誌という立場は、一種の大きな重い枷になる。台湾では、反独立派はもちろん、独立支持派の中にも種々様々な意見がある。だが、台独聯盟の基本理念や基本路線に反するものは、掲載するわけにはいかない。そんなことをしたら、台独聯盟は転向したとか、基本路線を変更したという誤解を招くからだ。また、このような枠があると、いかに台湾のことに詳しい人物であっても、台独聯盟のこれまでの闘争をよほど深く理解していなければ、本誌のような機関誌の編集はやれない。

台湾はあらゆる面から日本にとって大事な国である。できるだけ早く、適切な台湾情報誌が登場することを願っている。


台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence

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