トップぺージ
特別講演:台湾の命運を賭けた総統選挙

──その結果は日米両国の基本的国益に直結する

宗像 隆幸/アジア安保フォーラム幹事   2004年1月17日

以下講演原稿

この総統選挙に負けたら、台湾の民主政治は崩壊する

「台湾の命運を賭けた総統選挙――その結果は日米両国の基本的国益に直結する」と題する私の小論は、日本語の原文に中文訳と英文訳を加えて、この小冊子に収録されております。これは、日本で最も親台湾的な産経新聞社が発行している雑誌『正論』2月号に発表したものですが、最初から台湾人とアメリカ人にも読んで欲しいと思って書いたものです。この中文訳は広く内外の台湾人にEmailで送られていますし、英文訳はアメリカの政治家やマスコミ、シンクタンクなどにEmailで送られております。

まず私がこの論文で強調したことは、民進党が総統選挙で勝った場合、@台湾に民主化が定着すること、A台湾憲法が制定されて台湾国が誕生すること、B台湾国は中国と無関係の独立国家として国際社会に受け入れられること、の3点です。しかし、国民党・親民党連合が勝った場合、この統一派政権は中国と結託して、@民主主義を無視し、政権の恒久化を策すること、A台湾の第2の香港化を推進すること、Bその結果、台湾が中国の支配下に入れば、東アジアで中国が覇権を確立することになり、日米両国と東南アジア諸国は基本的な国益に致命的な損害を受けることになる、ということです。

次に私が強調したのは、米国は今回の総統選挙の持つこの重大な意味を理解し、民進党を支持すべきである、ということです。ところが、世界で唯一の超大国であるアメリカは、世界中の多くのことに関与しているため、なかなかこのような点にまで目が届きません。それで米国政府の注意を喚起するために、私は1971 年の国連総会における米国の大失敗を指摘したのです。

あのときの問題は、「中国代表権問題」と呼ばれたように、国連で中国を代表するのは中華人民共和国か中華民国か、という問題でした。あのときの情勢では、中華民国が国連安保理事会常任理事国のポストを守れないことは明白でしたから、大事なことは中華民国の一般議席を守ることでした。中華民国が常任理事国のポストを返上すれば、自ら中国代表という主張を放棄したことになり、中国代表権問題はそのとたんに消滅していたのです。当時の米国は、中華民国と国交を持ち米華条約で台湾防衛を保障していたのですから、米国政府が蒋介石にはっきりと、「常任理事国のポストを返上せよ」と要求すれば、蒋介石は拒否できなかったのです。そうなっていれば、中国が中華民国の国連からの追放を要求しても、それは台湾代表権問題になったわけです。中華人民共和国は台湾を統治していないのですから、そんな要求が通るわけはありません。実際には蒋介石もそのハラを固めていたのに、アメリカは不注意にも彼のハラを読み違えて、いわゆる「逆重要事項」指定を提案したために、台湾は国連の一般議席をも失うことになったのです。アメリカのこの失敗がなければ、台湾と中国は共に国連の議席を持ち、国際社会は台湾が中国とは別の独立国家であることを認めることになり、このときに台湾問題は解決していたのです。

昨年の12月9日にワシントンで中華人民共和国の温家宝首相に会ったブッシュ大統領は、「現状を変えようとする台湾のリーダーによる発言や行動に反対する」と述べて、中国と台湾の統一派を喜ばせ、陳水扁総統に少なからぬ打撃を与えました。対テロ戦争や北朝鮮問題で中国の協力を得ようとしているブッシュ大統領は、軽い気持ちで中国にリップサービスをしたのでしょう。台湾の総統選挙の重大性に気づいていないのです。米国政府にそのことを理解させるために、われわれはあらゆる努力を行うべきであると思います。

統一派が勝てば、なぜ民主政治が崩壊するのか

皆さんの多くは、例え今度の総統選挙で統一派が勝っても、台湾の民主制が崩壊することはない、と考えておられると思います。台湾人はすでに自由と民主主義を経験したのだから、どんなことがあろうと、蒋政権時代のような専制独裁政治に戻ることはありえない、という考えです。

数多くの台湾人が血と汗を流して蒋政権の専制独裁政治と戦った結果、台湾の民主化が達成されたのですから、もはや逆戻りはありえない、と私も考えたいのです。しかし、人類が経験した民主主義の歴史を振りかえると、決して楽観はできません。

古代ギリシア人がデモクラシーという政治制度を発明したのは、紀元前7世紀のことです。それから2400年後の17世紀、絶対主義王制時代のヨーロッパ人がこのデモクラシーに注目したことから市民革命が起こります。

一番最初に近代デモクラシーを確立したのは、1688年の名誉革命で議会政治を確立したイギリスでした。それでも、市民革命の開始から内戦や国王の処刑などを経て、デモクラシーを確立するのに半世紀かかっています。

フランス革命は1789年に始まりましたが、内乱につぐ内乱で、共和制は2回倒され、王政復古や帝政が相次ぎ、1875年の第3共和制の成立でフランスにデモクラシーが定着するまで一世紀近くかかっています。

アメリカ合衆国だけは、1776年の独立建国以来、一度もデモクラシーが揺らいだことはありません。アメリカは、すでにデモクラシーを確立していたイギリス文化に親しんでいる人々が建国の中心となり、自由・民主・平等を基本理念として創建された国ですから、例外と考えるべきだと思います。

西欧諸国は次々と市民革命を達成して、19世紀のヨーロッパは近代民主主義の最盛期を迎えます。日本やドイツ、イタリアに統一国家が成立するのも、この時代です。いくつもの国に分かれていたイタリアが統一して、イタリア王国が成立したのは1861年です。

日本は半独立国家である300諸藩からなる一種の連邦国家でしたが、1868年の明治維新によって、中央集権制の統一国家を完成します。ドイツも20数カ国に分かれていましたが、プロイセン王国の主導によって統一し、1871年にドイツ帝国が成立しました。いずれも目標としたのは、立憲君主制によるデモクラシーの確立です。

統一国家を完成した日本が目指したのは、世界の最先進国だった西欧諸国に追いつくことでしたから、西欧諸国の立憲君主制をモデルにしたのは当然のことです。大日本帝国憲法を天皇の専制憲法のように言う人もいますが、とんでもないことです。法律は天皇の名で公布されますが、法律を制定するのは帝国議会です。国務に関する指令も天皇の名で出されますが、大臣の副署がなければ無効です。これらは、近代民主主義全盛時代の西欧の立憲君主制憲法と同じ形式です。

日本には「大正デモクラシー」という言葉があります。大正時代というのは1912年から1926年までですが、この時代になると、日本の民主主義はかなり成熟していました。日本の民主主義が挫折するのは、1917年のロシア革命の後、次第にマルクス主義の影響が強まってきたためです。ヨーロッパには「赤い30年時代」という言葉があります。ちょうど世界大不況と重なって、マルクス主義がヨーロッパの思想界を圧倒するようになったために、それに対抗して右翼が抬頭します。イギリスやフランスのようなデモクラシーがすでに定着している国は、マルクス主義と右翼に対抗して民主制を守り抜きましたが、まだ民主政治の歴史が浅かったドイツ、イタリア、日本などでは右翼や軍部の力によって、民主制が崩壊させられたのです。それでも人々は民主主義時代のことをよく覚えていましたから、敗戦を機に3国とも直ちに民主制を復活させることができたのです。日本の場合、あの大戦中も、旧制高校や旧制大学には民主主義の気風が強く残っていました。台北高校と京都帝大で学ばれた李登輝前総統は、そのような気風を身につけておられる代表的な人物であると思います。

このようにデモクラシーを定着させるのは、大変難しいことなのです。第2次大戦後、列強の植民地だったアジア、アフリカで数多くの国々が独立しましたが、民主化に成功した国はいくつもありません。これらの新興独立国は過去に民主政治を経験したことがなく、デモクラシーに対する理解が浅いからです。ソヴィエト連邦の崩壊によって生まれた独立国を見れば、そのことがよくわかります。それらの国々のなかで,ヨーロッパに位置する国は、スムーズに民主化を推進しているのに、アジアでは民主化に成功した国がありません。歴史や伝統文化の違いで、なぜこのように大きな差が生じるのでしょうか。自由と民主主義は命を賭けて勝ち取るべきものであり、いったん勝ち取った自由と民主主義は、命を賭けて守らなければならない、という認識がどれだけ広く国民の間に浸透しているかによって、このような差が生まれるのです。

民主進歩党は、専制独裁政治と戦って台湾の民主化を推進してきた人々の政党ですから、民進党政権が続けば、台湾のデモクラシーは定着するでしょう。

しかし、現在の国民党や親民党は、中華思想の影響を強く受けている人々が支配しています。秦の始皇帝以来、中国の政体は常に専制独裁体制であり、中華思想はデモクラシーと相入れません。

だからこそ私は、台湾のデモクラシーを守るためには、絶対に陳水扁総統の再選を実現しなければならない、と信じる次第です。


以下論文原稿

李登輝「中華民国は存在しない」発言の大衝撃

二〇〇三年九月六日、真夏の太陽が照りつける台湾の台北市で、李登輝・前総統を最高責任者とする台湾正名運動連盟の十五万人を超えるデモ隊が、総統府前広場を埋め尽くした。この台湾では空前の大デモの先頭を家族と共に歩いた李前総統は壇上に立って、「中華民国は国号が台湾に残っているだけで、現実にはすでに存在していない。台湾住民の意思に基づいて、台湾国名をと正すべきだ」と、熱弁を振るった。その二週間前の八月二十三日に開かれた正名運動決起大会で李前総統は、「私は十二年間、確かに中華民国総統であった。しかし、中華民国は何処にあるのかと探したが、どこにも見当たらなかった」と語った。今回、大群衆の前で改めて「中華民国は存在していない」と、断言したのである。

中華民国は存在しないという論拠は、ほぼ次のとおりである。@、中華民国憲法によると、中華民国の領土には中華人民共和国とモンゴル国の領土も含まれているが、中国大陸のどこにも中華民国の影すら見当たらない。A、一八九五年に清国が日本に割譲した台湾は、一九一二年に創建された中華民国の領土には含まれていない。B、日本の敗戦後、台湾は中華民国の軍隊に占領されたが、これは米軍が日本を占領したのと同じように、連合軍総指令官の命令によるものであり、台湾が中華民国の領土になったわけではない。サンフランシスコ平和条約で日本は台湾の領有権を放棄したが、台湾の帰属は未定のままで放置された。

一九四九年に中国共産党との内戦に敗れて中国大陸を失って以来、中華民国は国際法で認められた領土を持っていないということである。一九七一年の国連総会の決定で、安全保障理事会の常任理事国であった中華民国は国連の一般議席すら奪われて、中華人民共和国が安保理常任理事国として国連に加盟した。ところが、国連憲章は改正されなかったので、安保理常任理事国の国名は中華人民共和国ではなく、いまだに中華民国のままである。国連憲章に中華民国と書かれていても、それは中華人民共和国を意味することになっているのだから、中華民国の国名が国際社会で通用するわけがない。中国が「中華民国」を「中華人民共和国」に変えるよう、国連憲章の修正を要求したら、それに反対する国はないであろう。しかし、中国がそれをしないのは、今のままの方が「中華民国は中華人民共和国に継承されたのであり、中華民国と称している地域は中華人民共和国の領土である」と、国際社会に印象づける上で有利だからである。

台湾の法的地位が未定であることは、米国や英国、日本などの公式見解であり、ほとんどの国際法学者も認めている。人民自決の原則は、国連憲章や国際人権規約などの規定によって、すでに国際法として確立されているから、台湾の帰属を決定する権利を持っているのは、台湾住民だけということになる。従って、台湾住民は台湾憲法を制定して台湾国を創建する権利を持っているのである。このような論理は四十年来、台湾独立運動が主張してきたことであるが、十二年間も中華民国総統を務めた李登輝氏がそう言明したのだから、その意義は重大極まり、衝撃は計り知れない。

台湾正名運動の最終目的は、台湾憲法を制定して中華民国憲法を破棄し、中華民国に代えて台湾国を創建することであるが、九月十七日に日本人記者団と懇談した李前総統は、二〇〇八年から二〇一〇年までにはこの目的を実現したいと語っている。この李登輝発言を受けて陳水扁総統は、与党・民主進歩党の創立十七周年の九月二十八日、党創立二十周年の二〇〇六年に新憲法を制定したいと話し、その理由を次のように説明した。

李登輝総統時代に中華民国憲法は六回修正されて、国会の全面改選(一九九一年までは蒋介石と一緒に台湾に渡ってきた中国選出の議員が一度も改選されないままで国会を支配していた)や国民の投票による総統の直接選挙などが行われ、台湾の民主化が実現した。しかし、中華民国憲法は中国のために中国で制定された憲法だから、台湾に適用するのは不合理で、憲法修正は個々の問題に対する弥縫策にすぎなかった。主権独立国家としての台湾の体制を確立するには、台湾のための台湾憲法を制定しなければならない。今後三年間かけて憲法草案をつくり、二〇〇六年に国民投票によって台湾憲法を採択したい。

台湾憲法が制定されて台湾国が誕生すれば、「台湾問題は中国の国内問題である」という中国の「一つの中国論」は論拠を失う。台湾に対する武力による威嚇や武力行使は、国際法が固く禁じている侵略行為として、厳しく糾弾されることになるのである。だからこそ中国は、台湾憲法の制定を阻止しようとして、「台湾憲法を制定しようとすれば戦争になる」と、台湾人民を脅迫しているのだ。台湾の統一派も中国に同調して台湾憲法の制定に反対し、中華民国憲法の修正で糊塗しようとしているのである。

独立派と統一派の天下分け目の戦い

李登輝前総統の「中華民国不在」発言は、誰も予想しなかったことであろう。それは今度の総統選挙に対する危機感から発せられた言葉だったに違いない。三月二十日に行われる総統選挙の結果によっては、台湾国の創建どころか、台湾は第二の香港化路線を強制されることになる危険性があるからだ。そんなことになれば、台湾の自由と民主主義が失われるばかりか、東アジアの勢力均衡は一変して、アジア太平洋地域の平和と安全に深刻な危機がもたらされる可能性がある。

今回の総統選挙は、これまでと違って、独立派と統一派による天下分け目の戦いという様相を深めてきた。台湾の四つの主要政党は、グリーン陣営と呼ばれる独立派とブルー陣営と呼ばれる統一派に分かれて、この決戦を前にしのぎを削っている。グリーン陣営は政府与党の民主進歩党(民進党)と台湾団結聯盟(台聨)であり、ブルー陣営は二〇〇〇年の総統選挙で政権を失うまで五十五年間にわたって台湾を支配してきた中国国民党(国民党)と親民党である。

グリーン陣営は、陳水扁総統と呂秀蓮副総統の現職コンビが再選を目指す。ブルー陣営は連戦・国民党主席を総統候補に、宋楚瑜・親民党主席を副総統候補に立てた。

前回(二〇〇〇年三月)の総統選挙では、国民党の有力者だった宋楚瑜が離党して無所属で立候補したために国民党支持票が割れて、得票率三九・三〇%の陳水扁が当選した。宋楚瑜の得票率は三六・八四%で二位、連戦は二三・一〇%で三位に終わった。宋楚瑜は中国出身で中国人意識が強い。前回の総統選挙の直後、中国出身者を中心に中国人意識の強い人々を集めて結成したのが親民党である。今回は連戦と宋楚瑜が組んだので、前回の総統選挙の得票率を合わせると、五九・九四%になり、陳水扁との得票差が二〇パーセントもあるので、ブルー陣営が楽勝する計算になるが、実際にはそうならないであろう。

台湾は一九四九年から一九八七年まで三十八年間続いた世界史上最長の戒厳令の下におかれ、新しい政党の結成は禁止されていたが、民進党はそれを無視して一九八六年に強行結成された改革政党であり、「台湾独立」を党綱領に掲げている。しかし、「武力を用いても台湾独立を阻止する」という中国の威嚇を恐れて、民進党支持を躊躇する国民が少なくなかったので、民進党は台湾独立を前面に押し出すことを控えるようになった。

李登輝総統時代の国民党は、民進党と協力して台湾の民主化を推進した。台湾独立というのは、外来政権による一種の植民地的な支配体制からの独立という意味だから、民主化は台湾の独立を進めることでもあった。だからこそ中国共産党は「静かなる革命」(権威主義体制から民主体制への平和的変革)を遂行した李登輝総統を「台湾独立の元凶」と呼んだのである。しかし、連戦が主席になってからの国民党は統一派が支配するようになったために、一部の国民党支持者が民進党支持に移った。一方、民進党が独立色を薄めたことを不満に思っている急進独立派を結集して民進党に圧力をかけると同時に、民進党を支援するために、二〇〇一年八月に李登輝前総統の指導で結成されたのが台聨である。二〇〇一年十二月に行われた立法院(国会)選挙における四党の得票率は、民進党=三六・五七%、国民党=三一・二八%、親民党=二〇・三四%、台聨=八・五〇%であった。ブルー陣営は、急進統一派の中国新党の二・八六%を加えて五四・四八%であり、両陣営の得票率は九・四一%にまで縮小している。

「独立か統一か」についての両陣営の基本理念と基本政策は、次のように対照的である。

グリーン陣営は、台湾がいかなる国にも帰属しない独立した主権国家である現実を認めており、台湾と中国の関係については、一九九九年に李登輝総統(当時)が「国家と国家の関係、少なくとも特殊な国と国の関係である」と言明し、陳水扁総統は二〇〇二年に「一辺一国」(それぞれ別の国)と述べた。しかし、いかに台湾が独立した主権国家であると主張しても、国際社会では中華人民共和国に継承されたと見なされている中華民国のままでは、国際社会に参入できないことが明らかである。そこで民進党は、台湾共和国の樹立を党綱領で次のように定めている。「国民主権の原理に基づいて、自主自立した主権を持つ台湾共和国を樹立する事と新しい憲法を制定するとの主張を、全台湾住民による公民投票によって決定すべきである。」

ブルー陣営は、中華民国憲法に示されている「中国は一つであり、台湾は中国の一部である」ことを基本理念として、いずれ中華人民共和国と統一することを基本政策としている。だからブルー陣営は、中華民国憲法の護持を強硬に主張しているのだ。

中国が民進党の独立政策を激しく攻撃し、ブルー陣営も中国の武力攻撃を招くと非難して国民に恐れを抱かせたために、民進党は次第に後退して、独立か統一かはっきりしない「中間路線」をとるようになった。民進党は政権を取るには取ったが、国会の過半数を占める野党の支持なしには一本の法律も通せず、窮地に陥っていたこともあり、陳水扁総統はブルー陣営向けにリップ・サービスを行うようになったのである。

中国は二〇〇〇年の総統選挙前に発表した台湾白書で、「統一問題の平和的解決を無期限に延期した場合、武力を行使する」と公式に台湾を威嚇していたが、陳水扁総統は同年末の講話で、「両岸(台湾と中国)の経済・貿易と文化の統合から着手し、政治統合の新しい構築を探そう」と応じた。しかし、それがリップ・サービスにすぎないことを見すかした中国は、何ら好意的な反応を見せなかったので、陳総統は二〇〇二年の元旦祝辞でさらに一歩踏み込んで、「両岸の文化・経済の面から統合に着手することができ、政治面での統合も追求できるようになる」と述べた。

弱みを見せれば、そこに付け込むのは中国の常套手段である。中国は、「統一問題の平和的解決を無期限に延期した場合」の「無期限」は長い期間を意味するものではないと、早期に統一問題の話し合いに入ることを迫った。これに呼応したブルー陣営は、中国の要求する「一つの中国」の原則を受け入れて交渉を始めよと主張し、「中国という一つの屋根の下に二つの家族」というスローガンを唱えるようになったのである。ブルー陣営は、形式的な統一を認めさえすれば、中国は「台湾の現状維持を認める」と言っているのだから、それが中国と平和共存する最善の道であると宣伝している。しかし、そのような中国の約束が当てにならないことは、香港の例を見ても明らかであろう。中国は香港の現状維持を五十年間保証すると約束していたが、一九九七年に香港を統一すると同時に中国軍を進駐させ、そのあと香港の自由は日一日と奪われている。ブルー陣営は平和共存と言っているが、一つの屋根の下に十三億人の家族と二千三百万人の家族が一緒に住んだら、二千三百万人が十三億人に飲み込まれてしまうのは当然のことではないか。しかし、蒋介石・経国父子の独裁時代に国民党が台湾のマスコミを独占していたことが尾を引いて、今でも新聞やテレビの八割以上をブルー陣営が支配しており、彼らの巧妙な宣伝は台湾の大衆に大きな影響を与えている。

このような情況に差し迫る危機感を抱いたのがグリーン陣営、中でも急進独立派であり、李登輝前総統の思いも同じであろう。早くから急進独立派は、「中間路線では、今度の総統選挙に勝てない。中国出身者とその子孫は台湾人口の十三%にすぎないのだから、この総統選挙は台湾と中国の戦いであり、台湾の独立と自由がその勝敗にかかっていることを大衆に理解させれば、必ず勝てる」と主張してきた。

八月三日、台聨の黄主文主席は「今度の総統選挙の争点は、台湾路線か中国路線かの選択であり、人民は台湾人になりたいのか中国人になりたいのかを選ばねばならない」と明快に断言した。そして、八月二十三日の台湾正名運動決起大会における李前総統の爆弾発言である。その結果、九・六デモに十五万人も集まったのだから、民進党指導部は「台湾路線で勝てる」と信じて、九月二十八日の陳総統の「新憲法」発言となったのであろう。

ブルー陣営は、「陳総統が二〇〇六年に台湾憲法を制定すると言ったことは、台湾独立の時間表を提示したも同然だ。中国の武力攻撃を招く危険な政策であり、これまでの陳総統の発言とも完全に食い違っている。」と非難している。去る十月に訪米中だった連戦は、「われわれの言う一つの中国は中華民国のことであり、大陸側の言う一つの中国は中華人民共和国である。この各自の解釈で対等な立場に立って、両岸の対話を復活させることが重要である」と述べた。それに対して民進党は、「中国は台湾の政府を中華人民共和国の一地方政権と見なしている。それなのに、どうして中華民国と中華人民共和国の対等な対話が可能なのか」と反論した。

全くそのとおりである。中国の立場は「中華民国は中華人民共和国に継承されて消滅した。台湾は中華人民共和国の一部であり、そこに中央政府の言うことを聞かない一地方政権が残っている」というものだから、連戦の主張は中国の「一つの中国論」を受け入れよと言っているに等しい。中華民国は消滅したという点では、中国と台湾独立派の立場は同じであるが、中国は台湾を統一するまで中華民国憲法を必要としているのだ。しかし、存在を否定している中華民国の憲法を残せとは言えないから、中国はただ「一つの中国」の原則を守れと言い続けているのである。ところが、「一つの中国」原則自体が、台湾は中華人民共和国の一部であると言う虚構と、中国全体が中華民国の領土であると言う二つの虚構の上につくられた虚構にすぎない。台湾が台湾憲法を制定して台湾国を創建し、虚構の中華民国を廃棄すれば、「一つの中国」論は中国の一方的な主張となり、中国による台湾統一の論拠は失われるのだ。

十月二十五日、台湾第二の都市・高雄市で、民進党が主催する「全国民の投票で新憲法を制定しよう」デモが行われ、十八万人が参加した。陳総統は、「台湾は主権を持つ独立国家であり、台湾と中国はそれぞれ別の国家である。公民投票権は奪うべからざる基本的人権である。公民投票で台湾憲法を制定して、台湾を正常で偉大な国家にしよう。」と挨拶した。このデモは総統再選を目指す陳総統の事実上の決起大会となった。グリーン陣営は、デモだけでなく、台湾各地で講演会やシンポジウムを開いて、今度の総統選挙が台湾路線と中国路線の選択であることを大衆に認識させる活動を行い、選挙直前の二月二十八日、すなわち一九四七年に国民党軍が三万人以上の台湾人を虐殺した二・二八事件の記念日に、台湾全土で百万人を動員して大デモンストレーションを行う計画である。

一九九六年の総統選挙は初めて国民の直接投票で行われたが、中国は李登輝総統を「台湾独立の元凶」と非難し、軍事演習を繰り返したり台湾の近くにミサイルを発射したりして、台湾国民を威嚇した。あのときは米議会の強力な圧力を受けて、親中国派のクリントン大統領でさえ、二空母艦隊を台湾近海に派遣せざるをえなかった。結果的には、中国の威嚇は効果がなく、李登輝候補が五十四%の得票率で圧勝し、長年にわたって独立運動を指導してきた民進党の彭明敏候補が二位に入り、統一派候補は三位に終わった。二〇〇〇年の総統選挙のときは、中国の朱鎔基首相がテレビに登場して、すさまじい形相で「独立派が、総統に当選したら、戦争になる」と台湾国民を脅し、ブルー陣営はそれをテレビで繰り返し放映させ、陳水扁が総統になったら中国が攻撃してくると危機感を煽ったが、結果は陳水扁の当選だった。中国はまた台湾人民を脅しにかかっているが、過去二回とも失敗しているのだから、今度はもっと大規模な威嚇手段を講じることが予想される。

総統選挙の結果で台湾はどう変わるのか

半世紀も政権を独占してきた国民党にとって、この四年間の野党暮らしはさぞかし辛いものだったであろう。三十八年間政権の座にあった日本の自民党が、わずか一年間の野党暮らしに音を上げて、基本的な政治理念も政策も異なる社会党の委員長を首相に担いでまで政権を奪回したことを考えれば、堪え難きを堪えてきた国民党の心情を察することができる。今度の総統選挙で政権を奪回できると信じたからこそ、彼らは忍耐できたのだ。その点は、国民党からの離党者が中心になっている親民党も同じである。前回の総統選挙では宋楚瑜が国民党に叛旗をひるがえしたために、連戦は惨敗して面子まるつぶれであった。宋楚瑜の方は、連戦に大差をつけての二位だったにもかかわらず、今回は連戦の副総統候補に甘んじている。犬猿の仲だった二人がコンビを組んだのも、政権奪回の一念によるものだ。三月の総統選挙に敗れたら、もはや国民党に政権奪回の可能性はない。国民党が政権を奪回した場合に報復されることを恐れて日和っている官僚たちも、いっせいに国民党を見限ることになろう。十二月に立法院選挙が控えているから、世界一の金持ち政党である国民党は、それまでは持ち堪えるかもしれない。しかし、政権奪回の可能性を失った国民党が、立法院選挙で勝てるはずはなく、民進党と台聨が圧勝することになろう。国民党が世界一の金持ち政党になれたのは、敗戦後の日本が台湾に残した資産を接収したことによるのだから、その資産は国に返却されるべきものである。従って、立法院で少数派に転落すれば、国民党はこの資産を守ことも困難になる。そうなれば、国民党は空中分解を免れない。親民党は中国出身者の利益を代表する政党として残るかも知れないが、それは自ら永久少数政党の道を選択することでもある。民進党が総統選挙に勝った場合、このような展開になるであろう、というのが私の予想である。そうなれば、台湾の政治は安定して民主主義が定着することになる。そして、陳水扁総統の公約どおり、台湾憲法が制定されて台湾国が誕生するであろう。

問題は、国民党・親民党連合が総統選挙に勝った場合である。これは、民主化以前の国民党的体質を持つ政権の復活を意味しよう。半世紀も政権を独占してきた国民党は、台湾の民主化によって政権を失い、党崩壊の寸前にまで追いつめられたのである。もし、政権を奪回したら、彼らは政権を失わないことを至上命令とするであろう。この点で、統一派と中国の利害は完全に一致する。中国が台湾を統一するためには、その実現の日まで統一派政権が台湾を支配し続けることが必要だからである。中国は台湾の中国化路線を既成事実とするために、統一派は政権を守るために、協力し合って行くことになろう。すでに連戦は、総統に当選したらすぐに中国を訪問すると話している。中国と統一派政権の間で、早期に次のような協定が結ばれる可能性がある。

「双方は、中国は一つであり、台湾が中国の一部であることを確認し、海峡両岸の経済的・文化的・政治的統合のために協力する。」

「一つの中国」論は中華民国憲法の再確認にすぎないし、経済・文化・政治の統合は陳水扁総統も公式発言で言及したことがあるのだから、統一派政権はそれを利用するであろう。いったん、このような協定が結ばれてしまえば、中・台間の人事交流を大幅に増やし、軍事交流も行えるようになる。

統一派政権が台湾の中国化路線を推進すれば、国民の不満が高まることは避けられない。統一派政権が旧国民党的体質で再び利権あさりに精出すことはとめようがないし、それもまた国民の不満を買うことになる。蒋政権時代には特務機関を利用する恐怖政治で国民の不満を封じ込めたが、すでに自由と民主主義を経験した国民の不満を抑え込むためには、中国の力を借りる以外に方法がなかろう。「一つの屋根の下に二つの家族」なのだから、中国の艦隊や空軍機が台湾の港や空港に出入りして、台湾国民を威圧するようになる事態は十分に想像できることである。こうして、台湾の自由と民主主義は失われて行く。自由と民主主義が一回で定着すること自体、奇跡と言ってもよいほど難しいことなのだ。第二次世界大戦後に列強の植民地から独立した数多くの国々の例を見ても、そのことは明らかであろう。台湾の場合は、中国の重圧まで加わることになるのだから、自由と民主主義を守ことは至難であると思わざるをえない。

天下統一を目指す中国

なぜ、中国は台湾統一にあれほど執着しているのであろうか。それは、天下統一のためである。中国の歴代王朝は、必ず天下統一を目指した。中国人の言う天下とは、中国大陸とその周辺地域のことである。中国大陸を直接の支配下におき、周辺諸国を冊封と朝貢によって服属させたとき、中国の天下統一は完成した。経済発展を続ける現在の中国は、「二十一世紀は中国の世紀」ともてはやされるほどだから、中国共産党王朝の指導者たちが天下統一を目指さぬはずはなかろう。それは中国の支配者の本能のようなものだから、かれらは天下統一の野心を隠しもしない。

一九九二年二月に公布した領海法で、中国はフィリピン、マレーシア、ヴェトナム、中国、台湾に囲まれた南シナ海全体を中国の領海であると宣言した(この領海法で日本の尖閣諸島も中国領とされている)。これは、南シナ海の周辺諸国を中国の従属国にする意思を表明したに等しい。その後、中国は南シナ海の島々を一つづつ実力で占拠したり、周辺諸国への圧力を強めたりしているが、台湾を支配しないかぎり、南シナ海を中国の天下の内海とすることはできない。しかし、中国が台湾の武力攻略を試みることはなかろう。台湾人民の八十七%は、「中国が攻めてきたら、台湾を守るために戦う」と世論調査に答えている。台湾を攻略するためには、中国は少なくとも数十万の軍隊を台湾に上陸させなければならないが、見通しうる将来、中国がそれほどの軍事力を備えるとはことは不可能だからである。しかも台湾を攻撃すれば、台湾関係法によって台湾防衛を公約している米国と衝突することになる。台湾海峡で戦争が起きたら当然、中国との貿易も中国に対する外国の投資も激減する。経済制裁によって、それらが全面的にストップすることもありうる。そうなると、先進国の資本と技術で支えられている中国経済はたちまち崩壊してしまい、中国共産党政権は存立の危機に立たされるであろう。だから、台湾にとっての危機は中国の武力侵攻ではないのである。

ところが米国は、中国の武力行使に反対するばかりで、「台湾問題の解決は平和的手段で」と、念仏のように唱えている。これは、中国の思う壺だ。中国が軍事力を増強しているのは、天下統一のためであり、台湾に対しては「一つの中国」論を維持させ、統一を受け入れるのもやむをえないと思わせるためなのである。二〇〇三年十月に中国は、有人宇宙船「神舟5号」を打ち上げた。莫大な費用をかけて、ソ連や米国に四十二年も遅れて有人宇宙船を打ち上げても、科学技術的に得るところは少なかろうが、天下統一ための周辺諸国に対するデモンストレーションとしては大きな効果があったのである。

対台湾政策で大失敗を犯した米国

対台湾政策で米国は、これまで少なくとも二回、大きな失敗をしている。最大の失敗は、一九七一年秋の国連総会で、中国の国連加盟と蒋政権の追放が決議されたときに起きている。あれは「中国代表権問題」と呼ばれたように、どちらが中国代表として国連安全保障理事会常任理事国のポストを占めるべきかという問題であり、台湾の代表権が問題にされたわけではない。もともと中国大陸の一隅さえ統治していない蒋政権を常任理事国にとどめて、中国の国連加盟を阻止してきたのは、朝鮮戦争で中国軍と戦って大きな犠牲を出した米国の後遺症とも言うべき「中国封じ込め政策」によるものであった。いつまでもこのようなやり方が通用するわけはなく、次第に中国の国連加盟を支持する国が増えてくると、米国は中国代表権問題を国連総会の三分の二以上の多数を必要とする「重要事項」に指定することで、中国の国連加盟を阻んでいた。しかし、一九七一年七月、米国は対中国政策を転換して翌年にニクソン大統領が訪中することになったと発表したので、その秋の国連総会で中国の加盟が決定されることが確実になった。そこで米国は、安保理常任理事国として中国を国連に加盟させ、中華民国は一般の加盟国として国連に残す方針を発表した。蒋政権が常任理事国のポストを返上すれば、そのとたんに中国代表権問題は消滅して、中華民国は国連に残れたのである。当時の米国は、中華民国と国交を持ち、米華条約(安全保障条約)で台湾を防衛していたのだから、「奪われることがわかっている常任理事国のポストを自ら返上しなければ、中華民国は国連の一般議席まで失うことになり、米国との国交も米華条約も維持できなくなる」と蒋介石に迫れば、彼は受け入れざるをえなかったはずである。当然、そんなことは米国もわかっている、と私は思い込んでいた。

しかし、日本も傍観しているだけではいけないと思って、私は蒋政権と親密だった佐藤栄作首相に手紙を書いた。この手紙は月刊『台湾青年』一九七一年十月号に掲載したが、その中で蒋介石に安保理常任理事国のポストを辞退するよう助言すべきだと書いている。この手紙と関係があったかどうかわからないが、佐藤首相は実兄の岸信介元首相を特使として台湾に派遣したことを後で知った。岸元首相が蒋介石に「中華民国は安保理常任理事国を辞退して、台湾代表の資格で国連に残るべきだ」と話したところ、蒋介石が顔色を変えたので、岸元首相はそれ以上話さなかったそうである。おそらく、米国の代表が会ったときの蒋介石の反応も同じようなものであったろう。外国の代表に対して、独裁者が自分の責任になるような言質を与えるはずがない。ところが米国の代表は、そのような蒋介石の反応を彼の本心と見誤って本国に報告してしまったようだ。国連総会で米国は、中華民国の国連からの追放を重要事項に指定する提案を行ったのである。重要事項指定は国連総会の過半数で決定されるから、この提案を通せる保証はなかったはずなのに、米国はこのような愚行を演じてしまったのだ。その結果、十月二十五日の国連総会でこの提案は否決され、中国を国連に加盟させて蒋政権を追放するアルバニアが可決されたのである。

あのとき、米国が台湾の国内情勢に少し注意を払っていたら、蒋介石は安保理常任理事国の辞退もやむを得ないと考えていたことがわかったはずなのだ。蒋政権の外交部長(外相)だった周書楷は、国連総会出席のため台湾を出発する前の九月十三日に、蒋政権の中央常務委員を集めた会合と立法委員幹部を集めた会合で、「国連総会に残る事が重要であり、総会に残れば、北京は入ってこないかもしれないし、たとえ北京が国連に加盟したとしても、我々は総会にとどまることが必要だ」と、政府の新方針を説明している。国民党が支配していた台湾の大手新聞『聯合報』は、九月十五日の社説で、「国連はわれわれにとって非常に大きな財産であり、固守するに値する陣地である。たとえ、国連を軽々しく脱退したところで、第二の国連を探し出すことはできないのである。」と書いた。台湾では神格化された絶対的な独裁者であった蒋介石の意に背いて、周書楷がそんな発言をしたり、台湾の新聞がそのようなことを書けたはずはない。

米国がやるべきことは、周書楷に常任理事国辞退を強く迫ることだったのだ。そうすれば、蒋介石は周書楷に常任理事国辞退の責任を取らせ、周書楷は「アメリカの強い圧力でやむをえなかった」と釈明したことであろう。そうなっていれば、中華人民共和国は安保理常任理事国として国連に加盟し、中華民国は一加盟国として国連に残り、両国は相異なる国家であることを世界が認めたことになって、このとき台湾問題は解決していたのである。それでも中国の圧力によって中華民国は国連から追い出されただろうと言う人もいるが、そんなことができるわけはない。国連憲章は、加盟国の除名には総会の三分の二の多数を必要とすると定めているからだ。国民を大量に虐殺したり外国でテロを行うような凶悪な政権であっても、国連から除名された例は一度もないのである。

米国のもう一つの失敗は、一九九九年七月九日に李登輝総統がドイツの対外公共放送「ドイチェ・ウェレ」のインタビューに対して、台湾と中国の関係は「国家と国家、少なくとも特殊な国と国の関係である」と語ったときの米国の反応である。これは、総統退任を翌年春に控えた李総統の満を持しての発言であった。その布石のために李総統は、前年から「中華民国台湾」と呼ぶことで、「中華民国=台湾」であるとの考えを示していた。台湾と中国が別々の国だと公言したからには、李総統は「中華民国の領土主権が中国大陸に及ばない」ことを公式に確認する仕事に着手したはずだ。李総統のもくろみが成就していれば、法的にも中国大陸とのつながりの切れた台湾が、中国(中華民国)を名乗っているのはおかしいということになり、台湾の台湾化が大きく進展したであろう。その意図を察した中国は、猛り狂ったように李総統を非難し、今にも戦争をしかけるようなポーズを示した。驚いたクリントン米大統領は、李総統に対して、「これ以上、中国を刺激するな」と猛烈な圧力をかけた。李総統が十二年間務めた総統としての最後の仕上げと考えていたはずのこの大仕事を、米国はその意味を理解せずにつぶしてしまったのだ。

このようなことを書いたのは、台湾の命運を賭けた総統選挙を前にして、米国に失敗を繰り返して欲しくないからである。もし、米国が新憲法制定提案などの陳水扁総統の発言に反対するようなことがあれば、統一派を利することになるのだ。

統一派が勝って台湾の中国化路線が推進されたら、東南アジア諸国は中国の圧力に抗しきれなくなり、中国の天下統一が進展する。中国の天下統一が成れば、東アジアにおいて米国と中国は冷戦状態に陥ることになろう。米国が追求している世界新秩序はどのような結果になるかわからないが、世界のどの地域にも米国に対抗する覇権勢力を生じさせないことこそ、米国の基本的な国益のはずである。中国に南シナ海を抑えられると、日本の生命線である中東へのシーレーンも中国に抑えられることになる。過去に中国が天下を統一したときも、日本は常にその外にあって独立を守ったが、それさえ危うくなるのだ。日本と米国は、台湾の総統選挙が自国の基本的国益に直結していることを認識して欲しい。

付記

心配していたことが早くも現実となった。十二月九日にワシントンで中国の温家宝首相と会ったときのブッシュ米大統領の発言である。ブッシュ大統領が「現状を変えようとする台湾のリーダーによる発言や行動に反対する」と述べたことは、中国と台湾の統一派を喜ばせ、陳水扁総統に少なからぬ打撃を与えた。もし、今後もこのような発言が繰り返されて、統一派が総統選挙に勝つようなことになれば、統一派政権と中国の協力によって、台湾の香港化が推進される可能性が高い。台湾が第二の香港になれば、中国は東アジアで覇権を確立することになるのだ。それは、台湾だけでなく、米国と日本、そして東南アジア諸国の基本的な国益に重大極まる損害を与えることになる。米国政府はそのことに気付いていないようだ。ブッシュ大統領は、温家宝首相に対して、「われわれは二十一世紀の危険なテロとの戦いにおけるパートナーである。北朝鮮の核廃棄に向けた中国のリーダーシップに感謝する」と述べたが、台湾問題と比較すれば、北朝鮮のことは小さな問題にすぎない。また、北朝鮮を抑え込むために中国の協力を期待しているのは、見当違いであろう。北朝鮮は残り少なくなった共産主義独裁国の一つであり、共産党独裁国家・中国の隣国でもある。中国は北朝鮮の共産主義政権が存続することを必要としているのだ。金正日政権は、中国が供給する石油と穀物でかろうじて生き長らえているのであり、中国が本気で圧力をかけたら、ひとたまりもない。中国は米国に協力するふりをしているだけであろう。

現在、米国のなすべきことは、台湾の民進党政権を支持して、統一派が総統選挙で勝つことを防ぐことである。まだ遅くない。ブッシュ大統領は、「人民自決の権利はすべての人民に認められている基本的人権であり、台湾の将来は台湾人民によって決定されねばならない」と言うべきであろう。

「台湾の安全保障と民主」国際シンポジウム


台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence

ご意見はwufidata@wufi.org.twあてにお送りください。
そのばあい〔言論広場〕に転載します。
お手紙を掲載されたくないばあいは、その旨を明記してください。
あなた様のご光臨とご支持に感謝します。