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皆様、まことに有難うございました
宗像 隆幸/『台湾青年』編集長  2002年7月12日

原載 台湾青年 第500号 停刊記念号 2002年6月5日発行


本誌前号で『台湾青年』の停刊を予告したところ、反響の大きさに驚かされた。日本の読者の場合、「なぜ、いま停刊するのか」と、ほとんどが停刊を惜しむ声であった。

一九七一年の中華人民共和国の国連加盟と中華民国の国連追放の頃から、日本のマスコミは台湾報道をタブー視するようになった。特に政治問題に関しては、中国の一方的主張を伝えるだけで、台湾の政治情勢が伝えられることはほとんどなく、台湾人の主張に至っては完全に無視された。

そこでわれわれは、台湾問題に深い関心を持つ日本人の学者やジャーナリストなどを主な対象として、台湾の実情を紹介する広報活動にも努力した。その時代の『台湾青年』の読者の中から、後に台湾問題の専門家と言われるようになった人たちも何人かいる。

一九八六年に戒厳法による政党結成禁止令を犯して民主進歩党が結成され、九八年には蒋経国の急死によって副総統だった台湾人の李登輝が総統に昇格し、台湾の民主化が始まった頃から、台湾報道が少しづつ増え、総合雑誌などでは台湾問題に関する文章が、しばしば見られるようになった。そのような文章の執筆者に『台湾青年』の読者が多いのを見て、われわれは喜んだものである。三、四年前になると、産経新聞以外の大手紙やテレビ局も台湾に支局を置くようになり、それまでの真空状態を埋めるかのように、台湾報道が激増した。それでもなお、『台湾青年』の熱心な読者たちは、台湾情勢の真実を見極めるために、『台湾青年』を有効に用いて下さっていたようである。

このような情報誌としての『台湾青年』の役割を軽視したわけでは決してないが、われわれは『台湾青年』が台湾独立運動の機関誌であることを忘れたことはない。台湾独立の理念や思想、それを実現するための戦略や戦術を研究して、その成果を台湾人に伝えることこそ、『台湾青年』の最大の任務なのである。

台湾の民主化により、かつては台湾でタブーだったこのような問題が最近、台湾で盛んに論議されるようになった。そこで主張されている独立派の合理的論理は、全て『台湾青年』のバック・ナンバーの論文で展開されているものであり、それもまだ一部が活用されているにすぎない。このことは、『台湾青年』が台湾独立運動の機関誌としての役割をほぼ終えたことを意味している。そこで、『台湾青年』の停刊を決意したのであるが、台湾に関する情報・評論活動などは、若手が中心になり、インターネットなどを用いて継続することになっている。

『台湾青年』は創刊号から停刊記念号まで、一切原稿料なしでやってきた。『台湾青年』に執筆して下さった人びと、いろいろな形で『台湾青年』を支えて下さった方々、そして熱心な読者の皆様に心より御礼を申し上げます。最後の目的を達成するまで頑張りますので、これまでと変わらぬ御支援をお願い申し上げます。


台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence

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