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台湾問題
米中均衡の危うさ 心理戦略狙う中国──多面性持つ「中国の脅威」
岡崎久彦/元駐タイ大使  

6月1日『読売新聞』「地球を読む」欄より、著者の了承を得て転載


岡崎久彦氏=1930年、中国大連生まれ。東大法学部中退、外務省入省。駐米公使、情報、調査局長、駐サウジアラビア、駐タイ大使。


国家目標はどこに

十二億の人口を擁し毎年二桁近い経済成長と軍備拡大をしている中国ははたしてアジアの平和と安全に対する脅威なのだろうか。中国問題を論じる時にこの問題が提起されない事はない。

脅威を意図と能力を分けて考えるステロタイプに従うとして、中国の意図を知るためには中国の国家目標がどこにあるかを知る必要がある。

国際政治における中国の行動の動機にナショナリズムがある事は疑いない。問題はそのナショナリズムとは何かという事である。

それが、日本、英、仏などの諸国のように民族国家(ネイション・ステイト)の独立と尊厳である場合は、国際社会との摩擦はほとんど予見されない。しかし、それが、蒙古帝国を除いては中国史上最大の征服王朝である清帝国の版図の回復である所に問題がある。それは民族国家の確立という目標を大きく上まわるものではあるが、清帝国崩壊の過程があまりにも屈辱的であったという歴史的理由で、ナショナリズムの対象として正当化されているものである。

内蒙古、満州についてはすでに漢民族化が達成されているが、チベット、新疆については、民族自決という国際的倫理と漢化政策との衝突が、人権問題を生じている。そして台湾のように北京の支配がいまだ及んだ事はなく、住民の大部分が統一を希望していない地域では、それがはたしてナショナリズムの正当な目標となり得るのか、歴史的、地理的、文化的背景に遡って問題となるのである。

つまり中国から言えばナショナリズム、国際社会から見れば帝国主義、このパーセプションギャップが問題なのである。

こうして見ると、中国のナショナリズムが国際の平和に影響を与える地域は台湾しかない。それは今後の進展如何では二十一世紀最大の問題かもしれない。それなのにこれを直視しないで中国の脅威を中国の軍事能力一般や国内建設と軍事の優先度などで論じようとするから、いつまでたっても議論が収斂して来ないのである。

その背後には中国外交の勝利がある。

中国は台湾は国内問題だと主張し、他国がこの問題を論ずるのを封じようとして来た。厳密に言えば台湾問題を純粋に国内問題と認めさせようとする外交努力は成功していない。三回にわたるコミユニケで米国に認めさせたのは、二つの中国、一中一台の政策を追求しないという所までである。日本が約束したのは中国の主張の承認でなく、理解し尊重する所までである。しかしこれを国内問題と主張したい中国の意向は明白であり、これに逆らうと何らかの形での摩擦、報復があり得るので、こうした力の関係から、外交官も、学者も、マスコミも、この問題に言及するのを避けている。そうしていてはいつまでたっても問題の本質に迫れないので、本稿は中国の脅威論を台湾問題中心に分析する。

中国の軍事的能力は、一般論で言えば、まだまだ近代化が遅れていて、微弱である。

米軍事力との比較はおろか、日本の戦力と比べても、もし現在尖閣諸島付近で、中国の海空軍と日本の海空の自衛隊が衝突すれば、日本側の勝ちは時間の問題であろう。

本当の脅威となるのは複数の空母機動部隊を運用出来る時であるとすれば、二〇二〇年代以降であろう。とすれば今後二十年間は中国は脅威でない事になる。

政治的思惑も絡む

他面、台湾から言えば、今直ちに脅威である。もし中国が、月に一隻ずつ台湾の商船を潜水艦で撃沈するか、週に一度ずつ台北にミサイルを撃ち込むと宣言するだけで、台湾経済も台湾防衛の士気も崩壊してしまう。軍事的にこれを効果的に妨げる手段はない。

それならば何故中国はそれをしないのであろう。それはアメリカを怒らせないでそうする事が不可能だからである。ここから、アジアの平和に対する中国の脅威というものが、単なる軍事力でなく、政治的、心理的要素との複雑な複合である事がわかって来る。

庇護を信じる台湾

米国は何も台湾防衛をコミットしているわけではない。台湾関係法は、危機に際して大統領と議会が協議するとしか言っていない。しかし、台湾の人はもし中国がそうした脅迫行動に出た場合、百パーセント米国の庇護を信じている。さもなければ、今までの台湾の経済の繁栄も議会民主主義の達成もとうてい有り得なかった。

米国が海外で武力介入するかどうかは、第一次大戦以来、二十世紀の国際政治の最大の問題であり、アメリカ人も含めて、その場にならなければ誰も確たる事を言えない。その曖昧さがまた中国に対しては抑止力になっているである。その曖昧さは米国のデモクラシーに内在するものであるので、これを除く事は不可能であり、また敢えて除こうとして朝鮮戦争のような悲劇を誘発した歴史的例もある。

ただ若干の一般的法則はある。米国は自ら守る意思のある国しか助けられない。また、短期で効果のある見通しであると介入が容易である。

台湾が自ら守る意思は、米国が台湾を守る意思の強さと相関関係にある。

一九九六年三月の台湾海峡事件の際、日本のTVは台北市民の反応を毎日映し出した。当初中国がミサイルを撃ち込んだころは「怖い」「何をする気だろう」という反応だったのが、空母機動部隊到着後は、「民主選挙を武力で恫喝するのは許せない」という反応が出て来た。

これが根源的な言論の自由である。米空母は台湾の自由を救ったのである。その自由は香港ではもはや永久に失われた。誰も不必要な発言で危険を冒したくないので、香港の一般の人はもう黙りこんでしまったのである。

また、二個の空母機動部隊を動かすだけで中国を引っ込ませるぐらい軍事力の差があれば、介入は極めて短期間に効果をあげる。

結局、今後極東の平和と安定は台湾海峡をめぐる政治的心理的バランスに依存することとなるが、その背景にはつめて考えると通常戦力のバラスンがあり、問題はもう一度軍事バラスンに戻って来てしまう。

通常兵力バランスは今後数年間は、F16百五十機を含む近代化が完成しつつある台湾側に有利に動く。しかし、台湾は小さいので限度があり、スホイ27三百機保有を目指している中国がだんだん追いついて行く。

中国の目標は大体の対等(ラフ・パリティー)で良い。中国は百回戦って九十九回負けても痛痒を感じないが、台湾は一度負ければもう危ない。搭載兵器やレーダーの能力の差などは捨象して、数だけで、武力脅迫の心理的効果は十分である。もともと中国の戦略は武力の直接行使でなく、武力を使った心理作戦で相手の戦意を奪うことにある。おそらく、中国は二〇一〇年までに、こうした心理的圧力を加え得るような軍事力を備えるであろう。

中国は現在、経済建設のためには平和的環境を必要とするという政策判断を行っている。中国にとって一番困るのは、軍事バランスも劣勢な現在、台湾に独立を宣言されて武力対決に追い込まれる事である。

だから、中国は独立宣言だけは阻止する事に外交努力を集中し、米国にはこれを台湾に説得する役割を引き受けさせようとしているようである。

しかし、これは米行政府がコミットできる範囲を超えてしまう。米国は現在の政権に圧力をかけ得ても、自由で民主的な選挙で独立を標榜する政党の勝利を妨害する事は出来ない。そうなっても独立宣言だけは抑えようというのが中国の外交目標であり、これにアメリカを協力させようとしているが、自由と民主主義という米国の根源的価値の上に立つ米国の世論と議会を前にして米政府がどこまでこれにつき合えるか、それは誰も予測できない領域に入ってしまう。約束出来ない事を約束する事は、かえって誤解による危機を招く恐れがある。

長期戦略の妥当性

また、それは、中国が武力による心理的脅迫で台湾を屈服させ得る能力を持つ時期まで、米国が中国の意向を受けて独立を抑制するという事に等しく、長期的に台湾海峡の軍事バランスを米台側に優位に保つという明確な方針が同時に確立されないかぎり、これが米国の長期戦略として妥当かどうかの問題が生じる。

従来台湾問題は、それが内政問題であるという中国の一方的主張と、平和的解決という米国の一方的主張とのバランスの上に立って来た。それならば、もし米国が台湾の独立宣言を抑える中国の外交につき合うとすれば、――不必要な責任と危険を伴いかつ実効の保障の困難なコミットメントとなろうが――その代償は、最低限台湾に対する中国の武力不行使宣言であってはじめて、米国の長期的戦略に整合性が出て来る。

その代償を取ることなく、ただ中国の意向を受けいれて台湾の独立を抑えてだけいると、その代償は米国のビジネス・インタレストだけという、米国のように高い価値観を持って世界をリードすべき国家として、惨めな事になってしまう。宥和政策が、単に危機を先のばしにするだけなのか、あるいは、長期的な平和と安定に役立つかは、その条件の設定し方如何による。

なお、日本について言えば、日本は敗戦によって台湾を放棄したものであり、その将来の帰属あるいは独立の是非について発言する立場にないし、今後とも発言しないであろう。ただ、武力行使に反対し平和的解決を希望する所までは、日本は米国に同調し得るであろう。


台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence

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