トップぺージ
『台湾青年』創刊の思い出
王雪梅/王育徳夫人  2002年7月18日

原載 台湾青年 第500号 停刊記念号 2002年6月5日発行


『台湾青年』誌を創刊した一九六〇年、私達は豊島区千川の借家に住んでいました。育徳は三十六歳、この年東大の博士課程を終え、明治大学非常勤講師の身分でした。一九五七年に『台湾語常用語』を出版していたので、進む道は一筋、台湾語の研究と思っておりました。私は三十五歳、子育ての最中で、慎ましく家計をやりくりしての生活でした。

一九五九年正月二日、雪が降り積もっている中を、郭嘉煕さんの案内で、黄昭堂夫妻が訪ねてみえました。彼らは兵役を終えて留学に来たのです。黄さんは初めて見る雪を珍しがって、両手にすくったり、まるめたりしていたのが印象に残っています。

あれから、呉新雄、廖春栄、黄永純、傳金泉、蔡炎坤各氏が自然に集まってきて、台湾の情勢の話に熱をあげていきました。やがて、一年の期間を経て、『台湾青年』が誕生したのです。

思想と発表の自由のある海外にいる青年が、牢獄のごとき島内につながれた台湾人のために、彼らに代わって発言して国際世論を喚起するのが使命だと考えたのです。

雑誌が出来上がってくると、皆で集まって、しばらくは満足そうに見入っていました。封筒の表書き、切手貼りの作業をするときは、子供達も喜んで手伝いをしました。一段落すると、私の手料理で乾杯して喜び合いました。皆の帰った後も、育徳は雑誌を眺めながら、まるで息子が生まれた気分だと言い、二号が出ると第二子が生まれたようだと喜んでおりました。

顧みますと、この頃、黄さん達は二十代の若さで、怖さ知らずの純粋な気持ちでこの運動に飛び込んだのでしょう。

一九六一年の三月、私達は現在の千早町の家を買って越してきました。千川の二間の借家に比べるといくらか余裕ができて、ほっとしました。黄昭堂さんは早速、五分ほど離れたアパートに越して来ましたので、連絡が良くなり、ますます活気づいてきました。次第に台湾に関心を持つ者にとって『台湾青年』は無視できない存在になり、志を同じくする人が訪ねてきて、会員と秘密会員が増えていきました。

資金の心配以外は順調にいっていましたが、八号の頃になるとそれまでの隔月刊にあきたらず月刊にする話が持ち上がりました。私は、現状の資金、人員、家内工業的な規模ではとても無理なことだと必死に反対しました。しかし、結局、十号から月刊発行になり、それからの育徳の負担は倍どころか、三倍にも四倍にも増えて、息つく暇もないという感じになりました。三十七号(一九六三年十二月)まで編集会議、発送作業すべて家でやってきましたが、次第に育徳にも疲れがたまってきて、考え方の上でも彼一人が浮いているような感じになってきました。そのため、三十八号から事務所は外に設置することになりました。

少し時間ができた育徳は、休養を取りながら、博士論文を仕上げて提出することができました。また、一九六四年の一月には、『台湾―苦悶するその歴史』を出版しました。

『台湾―苦悶するその歴史』の出版は、遠山景久先生に認められるきっかけになりました。その後資金に行き詰まったとき、育徳は思い切って遠山先生に毎月の資金援助を頼み、それ以降、何十年にも亘り、遠山先生から莫大な支援をいただきました。遠山先生のご支援があってこそ、聯盟の財政が成り立ってきたといっても過言ではありません。先生に何一つ報いることもできないうちに、先生は陳水扁総統就任の前の年に、「台湾独立の日が見たい」と言って亡くなられました。遠山先生の御恩は永久に忘れてはならないことです。

また、もう一人忘れてならない方は、趙炎竹先生です。一九八七年の一月、先生は寒い中を育徳に線香を上げにいらして下さいました。それからずっと、寄附をいただくことになり、三年前に先生が亡くなられた後も、趙夫人が寄付を続けて下さっています。本当に有難いことと感謝しております。

台湾語で「貴人(クイジン)」という言葉があります。「困った時に現れて助けてくれる人」という意味です。聯盟は何回も危機に遭遇しましたが、その度に「貴人」に助けられてきました。皆が一生懸命に台湾のために闘っているので、神もお見捨てにならなかったということなのでしょう。

数人で始めた運動が四十二年も続き、『台湾青年』を五百号まで出版できたことは奇跡だと思います。台湾の歴史を語る時、この雑誌のことは人々の心に輝き、後世に勇気を与えることでしょう。

また聯盟を初めてから今日まで支えてきたのは、他ならぬ黄昭堂先生です。彼ほどの器量を持った人は他に知りません。彼がいる限り、台湾の行方は安泰だと思います。身体を大事になさって、台湾のために頑張っていただきたいと願っております。

この運動に人生を捧げ、『台湾青年』発行に最後まで力を尽くして下さった宗像隆幸(宋重陽)さん、ご苦労様でした。厚く御礼申し上げます。

長い間、この雑誌を愛読し、ご支援と御声援を送ってくださった方々に御礼申し上げます。今後とも台湾のことを見守って下さり、ときにより手を差し伸べて下さいますようお願い申し上げます。


台湾独立建国聯盟ウェブサイト /WUFI Web-site
World United Formosans for Independence

ご意見はwufidata@wufi.org.twあてにお送りください。
そのばあい〔言論広場〕に転載します。
お手紙を掲載されたくないばあいは、その旨を明記してください。
あなた様のご光臨とご支持に感謝します。